&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

最後の会合でYCCの追加修正は見送り

黒田日本銀行総裁にとって10年にわたる任期の最後となった3月9・10日の金融政策決定会合では、金融政策の変更は見送られた。日本銀行が大量の国債買入れを強いられているイールドカーブ・コントロール(YCC)については、変動幅再拡大など追加の修正が早期に必要な状況にあるが、それは4月以降の新体制に委ねられた形だ。

昨年12月の変動幅拡大は、事実上の政策修正であり、事務方主導によるその決定に、黒田総裁自身は必ずしも前向きではなかった可能性が考えられる。最後の会合で追加の譲歩をすることを避け、2%の物価目標達成に向けて前向きの姿勢のまま任期を終えることを黒田総裁は選択したのではないか。

YCCの構造的な問題とは

日本銀行にとって当面の最大の懸念材料は、長期国債利回りをコントロールする枠組みであるYCCを維持するために、大量の国債買入れを強いられていることだ。それは国債市場の流動性を低下させ、また日本銀行のバランスシートを肥大化させて、将来的には日本銀行の財務のリスクを高めることにもなる。日本銀行が保有する長期国債残高は、今年2月には前年同月と比べて66.2兆円増加と1年前の同11.5兆円増加から急増している。

2016年9月に導入されたこのYCCは、金融緩和の枠組みの一つというよりも、国債買入れを削減することを狙って導入された措置である。しかし、昨年以来、YCCを維持するために、日本銀行は大量の国債買入れを強いられることになってしまった。これは、実に皮肉な結果である。

さらに、YCCには構造的な問題があると考えられる。例えば、現状のように、米国の景気が比較的堅調でインフレ率が上振れる中、米国の長期利回りが上昇する際には、米国経済の堅調さやインフレ率上昇の影響が日本経済にも及ぶ。さらに日米の利回り格差拡大で円安が進むことの影響も加わって、日本のインフレ率も上振れやすくなる。それは、本来であれば日本銀行が金融引き締めの実施を求められる局面だ。

ところが、米国の長期国債利回り上昇によって、日本の10年国債利回りが許容変動幅の上限を上回るリスクが高まると、日本銀行は利回り上昇を抑え込むために、国債の買入れを拡大させなくてはならなくなる。これは、マネーの供給を増やすことになり、金融引き締めとは逆の金融緩和の強化となってしまう。環境次第で、本来求められる方向とは全く逆の政策対応を強いられる、というのがYCCが抱える深刻な構造問題と言えるだろう。

YCC改革は4月あるいは6月にも

このような点を踏まえると、植田新総裁の下で日本銀行がまず着手するのは、YCCの大幅な見直しではないかと思われる。本格的な金融緩和の枠組みの見直しではなく、現在の金融緩和の枠組みの柔軟化という名目で、日本銀行は今年4月あるいは6月の金融政策決定会合にも、長期国債利回りをコントロールする枠組みであるYCCの大幅改革に踏み切ることが予想される。変動幅を0.75%あるいは1.0%に拡大する、変動幅を撤廃する、などの措置が選択肢として考えられるだろう。

その際には、10年国債利回りが上昇し、円高、株安など金融市場に影響を与えるだろう。ただし、それは既に一定程度予想されていることから、昨年12月に日本銀行が変動幅を突如拡大した時のような大きな影響は、金融市場全体に及ばないと思われる。

本格的な金融緩和の枠組み見直しは2024年後半以降か

YCCの大幅見直しの後に日本銀行は、2%の物価目標を中長期の目標などに修正することで、本格的な金融緩和の枠組みを見直し、柔軟な金融政策を取り戻す正常化を進める環境を整えることが見込まれる。これは政府と協議の上、2013年1月の政府と日本銀行の共同声明(アコード)を修正する形で実現されるだろう。

2%の物価目標が中長期の目標などへと柔軟化されれば、新体制のもとで日本銀行は、様々な副作用が認識されている金融緩和の枠組みの見直しを実施していくことが予想されるところだ。

しかし、2%の物価目標の修正には否定的な意見も与党内にあるなか、議論は難航し、物価目標の柔軟化を含む共同声明の修正で政府と日本銀行が合意に至るまでには、相応の時間を要する可能性が考えられる。今年後半、場合によっては年末近くになってしまう可能性もあるだろう。

その頃には内外経済に減速感が広がり、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融緩和観測が金融市場で強まっていることも予想される。そうなると、急速な円高のリスクを高めかねないマイナス金利解除などは直ぐには実施されずに、先送りされるものと思われる。

本格的な金融緩和の枠組み修正は、2%の物価目標の位置づけを修正した後に、マイナス金利解除、YCC廃止、国債保有残高削減、日本銀行が買い入れたETFをバランスシートから外すオフバランス化、の順番で進むと予想したい。しかし、マイナス金利の解除は来年後半以降にずれ込むことが予想され、さらに一連の枠組みの見直しは、2024年から2026年にかけて、順次着手されていくものと考えられる。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。