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クレディ・スイスの経営不安が市場で強まる

スイス国立銀行(中央銀行)とスイス金融監督局は15日、金融大手のクレディ・スイスに対して、「必要があれば流動性を供給する」との共同声明を発表した。また、同行は「自己資本と流動性に関する厳しい要件を満たしている」と説明した。

英紙フィナンシャルタイムズ紙は、クレディ・スイスがスイス中銀と金融監督局に対して、同行の支援の意思を表明するように求めた、と報じている。

そうした背景には、クレディ・スイスの経営不安がにわかに高まったことがある。米国のシリコンバレーバンク(SVB)などの破綻を受けて、欧州でも銀行経営に対する不安が生じていた。

またクレディ・スイスは14日、過去の財務報告の内部管理に「重大な弱点」があったと発表している。2022年度の財務諸表の監査を担当したプライスウォーターハウスクーパースは、内部管理の有効性について反対意見を表明した。さらに、2022年10月に同社の増資引き受けを発表した筆頭株主のサウジ・ナショナル・バンクが、追加出資の可能性を否定したことで、一時30%を超える同社の株価下落が15日には起こっていたのである。

クレディ・スイスは米投資会社アルケゴス・キャピタル・マネジメントとの取引に関わる巨額の損失などで、リスク管理が厳しく問われた。また、投資銀行部門の業績悪化に加え、富裕層向けビジネスでも資金流出が起きるなど、経営の先行きに懸念が広がっていた。

銀行不安の本丸は米国ではなく欧州か

ただし、クレディ・スイスの経営不安を、個社要因とするのは正しくないだろう。むしろ大手行の経営問題は、米国以上に欧州で高まりやすい。銀行不安の本丸は米国ではなく欧州と言えるかもしれない。

欧州の銀行は、リーマンショック後の不振がなお続いている、とも言えるのではないか。実際、収益性、金融市場からの評価などの点で、米国の大手銀行に大きく劣後している。米銀の経営に大きな打撃を与えているのは、米連邦準備制度理事会(FRB)による大幅な利上げによる債券投資の損失拡大と逆イールドによる利鞘縮小の「二重苦」である。

欧州では、米国ほどの規模はないが、同様のことが起こっている。さらに、グローバルに展開する欧州銀行の多くは、米国でのビジネスや米国債への投資を通じて、米国金利の変化の影響も大きく受けている。

また、ユニバーサル・バンキング制度の下、このような商業銀行部門の不振と、金融市場の動揺による引き受け業務の低迷など投資銀行部門の不振とが、同時に起こりやすい環境となっている点も見逃せない。

リーマンショック後の国際金規制強化のもと、欧州の銀行もリスク性資産の保有を減らしたとみられるが、関連するファンドを通じてそのリスクは遮断されていない可能性が考えられる。また、リスクフリーである国債についても、金利上昇で含み損が膨らんだ後に、経営不振観測から顧客性預金が流出すれば、含み損が生じた国債を途中売却し、実現損を出さざるを得なくなる。これは、破綻した米国のSVBと同じ構図である。

景気が悪化し「三重苦」となれば当局による大手行救済策が講じられる可能性も

クレディ・スイスの経営不安が、他の欧州大手機関に一気に波及することにはならないだろう。いずれにせよ、クレディ・スイスなど大手金融機関は「TBTF(大きすぎて潰せない)」であり、中央銀行の流動性供給や政府の資本注入を通じて破綻は回避される可能性が高い。

今後注目したいのは欧州景気動向である。欧州中央銀行(ECB)による利上げの影響に、足元での銀行不安、金融市場の影響が加われば、この先、欧州経済は減速傾向を強めていくのではないか。その場合には、債券損失、利鞘縮小に加えて、貸出資産の劣化といういわば「三重苦」が生じ、欧州銀行の経営不安はさらに高まるだろう(コラム「 景気が悪化すれば米国信用不安は次のステージに 」、2023年3月15日)。

その際には、複数の欧州大手銀行に対して、中央銀行や政府による救済策が講じられていき、「銀行危機」の様相を強めていくことも考えられる。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。