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金融市場の動揺でECBの政策決定は複雑化

欧州中央銀行(ECB)は3月16日の理事会で、0.5%の利上げを決定した。米国の銀行破綻を受けて欧州でも銀行不安と金融市場の動揺が続く中、ECBは利上げ幅を0.25%に縮小するとの見方もあったが、実際には、従来の想定通りに0.5%の利上げを決めた。これで中銀預金金利は3%となった。

年初来、ユーロ圏の景気情勢は予想を上回る一方、消費者物価(除く食料・エネルギー)の前年比上昇率は依然として上昇を続けている。こうした中、物価の安定確保を優先した政策決定となった。

しかし、声明文を読むと、ECBの政策姿勢は前回2月の理事会とはかなり異なっていることが分かる。理事会は政策金利をさらに引き上げると予想(expects to raise them further)とのフォワードガイダンス的な文言を声明文から削除した。そして、今後の政策はデータ次第という「data-dependent approach」の姿勢を明確に示した。

他方で声明文では、足元の金融市場の緊張を慎重に見守り、必要に応じて流動性供給で金融システムを支援するとした。ECBは想定通りに0.5%の利上げを決めたものの、今後の政策決定は、景気、物価に加えて金融情勢を考慮したものに修正される。政策決定のプロセスはより複雑化し、不確実性は高まる。

ECBの先行きの利上げ観測は後退

ロイター通信が関係者の発言として伝えたところでは、金融市場で経営不安が意識されているスイスの金融大手クレディ・スイスがスイス中銀の支援を受けたことを踏まえて、ECBは0.5%の利上げを決めたという。また、0.25%の利上げという選択肢はなく、0.5%の利上げか利上げ見送りの2つの選択だったという。

ラガルド総裁は、「インフレと闘うコミットメントは弱まっておらず、インフレ率を2%に戻すことを決意している」と、物価安定回復への強い姿勢を強調した。

理事会後に金融市場が予想する中銀預金金利のピークの水準は3.15%となった。追加で0.25%の利上げが実施される確率が半分程度織り込まれている状況である。1週間前には、それは4.2%と1%高い水準であり、金融市場の動揺は、ECBの先行きの利上げ見通しを大きく修正させたのである。

「危機は去った」と考えるのは早計

金融市場が不安定な中でもECBが0.5%の利上げに踏み切ったこと、さらにそれが金融市場の動揺を大きく増幅しなかったことを受けて、来週21・22日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、米連邦準備制度理事会(FRB)は、0.25%の追加利上げに踏み切るとの見方が金融市場で有力となった。実際、現時点で考えればその可能性が高そうだ。

ただし、実際の決定はこの先の金融情勢次第である。欧米双方で当局による銀行不安への対応が講じられたことで、金融市場はやや落ち着きを取り戻しつつあるように見える。しかし、銀行不安、信用不安の引き金となった金融引き締めが欧米でなお続く中、現時点で「既に危機は去った」と考えるのは早計だ。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。