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TikTok批判を強める米国議会

「ポケットの中のスパイ」、「スマートフォンへのスパイ気球」と、3月23日に米国の連邦議会で開かれた公聴会で議員らは、中国発の動画共有アプリ「TikTok」の運営会社の周受資CEO(最高経営責任者)を激しい口調で問い詰めた。

議員らが最も強く問い質したのは、中国政府がTikTokに影響力を行使しているか否かである。具体的には、中国政府がTikTokを通じて米国民の個人情報を入手し、また、中国政府に都合の良い動画を配信して米国の世論を誘導していないか、という点だった。

周氏は、「米国の利用者のデータは、米企業のサーバーで完全に管理されている」、「中国政府に情報を提供したことはないし要請されても応じない」、「中国政府の要請でコンテンツを宣伝したり削除したりすることはない」、「TikTokは自由な表現の場であり、中国政府に操られることはない」、などと主張したが、5時間にも及ぶ議員たちとの議論は平行線で終わった。

議員らが警戒しているのは、中国企業に政府への情報開示や、機微な情報の越境移転を制限することを義務付ける「国家情報法」が、2017年に中国で施行されたことにある。

さらに議員らが、TikTok批判を足元で強めるきっかけの一つとなったのは、今年2月の中国気球問題だ。中国側は観測用の気球と主張したが、米国側は通信やデータを傍受するためのスパイ気球であると判断して撃墜した。これが、米中の関係緊張を一層強め、TikTokの問題にも影響したのである。

周氏は米オラクルと協業し、米国人のデータは米国の法規制に従って厳しい管理体制を構築している、と訴えた。TikTok側は、国家安全保障上の懸念に対処する最善の方法は、後に見るようなバイデン政権が主張する株式の売却ではなく、「すでに当社が実施しつつある厳密な第三者による監視と審査、検証とともに、米国の利用者データとシステムを透明な形で米国内において保護することだ」と主張している。

TikTokを排除に動いたトランプ前政権

トランプ前政権は、TikTokを排除する動きを強めた。2020年8月、中国政府が「脅迫のための個人情報収集や産業スパイ活動」に利用する恐れがあるとして、TikTokの米国事業を米企業に売却するよう求める大統領令に署名したのである。米企業への株式売却ができない場合は、米国内でのアプリ配信を禁止するとした。

ところが連邦地裁は、米国内での事業停止命令は違法とするバイトダンスの主張を認め、この大統領令の差し止めを命じた。

さらにバイデン政権は2021年6月にトランプ前大統領が出したこの大統領令を取り消した。そのため、TikTok問題は一度沈静化したのである。バイデン政権は、安全保障上の懸念をクリアしつつ米国で事業を継続できる道をTikTokと協議する、との融和姿勢を示した。

バイトダンスも、クラウドソフトウエアを手掛ける米ソフトウエア大手オラクルと共に情報管理を行うことで、米政府の安全保障上の懸念に応えようとした。TikTokは米オラクルとの提携に、すでに約20億ドルを投じている。利用者データはオラクルのサーバーに移管され、米国のデータへのアクセスは権限を持つスタッフのみに制限されることになる。

さらに、TikTokは、米国の株主を増やすという戦略的な動きに出た。バイトダンスは米国で株主基盤を広げるために、評価額1,800億ドルで米大手投資ファンドのカーライル・グループを含む投資家から、必ずしも必要でない約50億ドルを調達したのである。

バイデン政権は強硬姿勢に転じる

ところが今年に入ってバイデン政権は、TikTokに対して強硬姿勢に転じた。バイデン政権は3月中旬に、トランプ前政権と同様に、安全保障上の理由から親会社のバイトダンスにTikTokの株式売却を指示した。

それに遡る2月末には、バイデン政権は、連邦機関に対して30日以内に政府支給の端末からTikTokを削除するよう命じている。30余りの州、欧州委員会、カナダ、ベルギーも、政府支給の端末にTikTokをインストールすることを禁止したのである。

バイデン政権がTikTokへの態度を硬化したきっかけとなったのは、2022年12月に同社の従業員が英フィナンシャル・タイムズ(FT)の記者らの個人データ(位置情報)に不正にアクセスして、その取材源を特定しようと試みていた実態が明らかになったことだ。

バイトダンスは社内調査で不正があったことを認め、関与した従業員を解雇した。これは、米国議会で警戒されているアプリを通じた個人情報の蓄積や世論操作ではなかったが、米メディアによると、FBIや司法省などがこれを問題視し、捜査を始めた。これで、TikTokに対する米国内での不信感が強まったのである。

この事件に対する議会の動きは速かった。事件発覚を受けて、2022年12月には、政府の公用携帯にTikTokのアプリをダウンロードするのを禁止する超党派の法案が成立した。また、下院の外交委員会は3月1日、TikTokの米国内での一般利用を禁じる法案を可決した。上院では3月7日、超党派の議員が規制法案を提出したのである。外国企業が所有するアプリを巡り「米国の利用者に国家安全保障上の脅威を与える」と認められた場合に禁止を可能にする内容だ。

米国の若者に強く支持される中国のアプリ

政府や議会はTikTokに対して、若者の生活への悪影響も警戒している。これに対してCEOの周氏は、長時間利用など若年層への悪影響については、18歳未満を対象に1日の利用時間を制限するサービスを実施していることを、公聴会で議員らにアピールした。

TikTokが米国の若者に非常に好まれていることが、政府や議会の強い警戒を生んでいる。それは個人情報の収集、世論操作のリスクを高めるためである。さらに中国製アプリによって米国市場が席巻されることへの、産業競争力の側面からの懸念もあるだろう。

TikTokは世界約150か国で10億人超のユーザーを持っている。米国でのユーザーは1億5,000万人を超えているが、その中心は若者であり、10代の3人に2人が使っている。

米国で人気のある中国系アプリはTikTokだけではない。買い物アプリでは、中国系の低価格品のEC(電子商取引)アプリ「Temu(ティームー)」は、2022年9月に米国でサービスを始めると、急激にユーザーを増やしている。

調査会社センサータワーによると、Temuは今年3月の最初の3週間に、米国のアプリストアで最もダウンロードされたアプリとなった。2位はTikTokと同じくバイトダンスの傘下にある動画編集アプリ「CapCut(キャップカット)」で、3位はTikTok。4位も中国発のファストファッションECアプリ「Shein(シーイン)」であり、5位にようやく非中国系アプリの「フェイスブック」が出てくる。米国でのアプリは、まさに中国系に席巻されているのである。

中国アプリの人気の秘密は何か

中国のアプリが米国あるいは世界で高い人気を集める背景には、巨大な中国国内での熾烈なユーザー獲得争いによって、中国企業の競争力が欧米企業を上回るようになったことが指摘されている。中国のIT企業は、比較的安価な国内人材をフルに活用し、製品の機能を絶えず改良する努力を続けてきたのである。

彼らは中国の10億人のネット利用者を活用して、ユーザーの好みを徹底的に検証する。そして自国で人工知能(AI)技術を活用して顧客のニーズに沿ったアプリに常に改良を加え、それを海外に輸出しているのである。例えば、Temuはショッピングサイトであるが、従業員の半分以上は、物流関連ではなく、消費者に商品購入を促すようにアプリの改良に取り組むエンジニア達だ。

バイトダンスでは、ユーザーの嗜好を評価する標準化された手順やシステム、詳細な指標があり、そのもとで、数日のうちにアプリのアップデートが実施されるという。

このように、中国製アプリの米国および世界での成功のカギは、巨大な中国市場で集めた顧客の情報を基にAIを活用した分析と、それに基づく絶え間ないアプリの改良にあると言えるだろう。さらに、技術者の過酷な長時間労働に支えられている面もある。

TikTokの一般利用を禁じれば、来年の大統領選挙に悪影響も

米国でのTikTokのユーザーの情報が、仮に中国政府に流れている場合、中国政府はユーザーを特定することが可能だろう。顔認証、推定位置情報とTikTokのIDを突き合わせれば、それは難しくないのではないか。またOSそのものをハッキングすれば、重要な機密データを入手することも技術的には可能だろう。

しかし、現状ではそのような証拠は確認されていない。議会で既に可決あるいは議論されている法案が、大統領の署名で仮に成立したとしても、「米国の利用者に国家安全保障上の脅威を与える」と認められなければ、TikTokの米国内での一般利用は禁じられない。

バイデン政権が求める米企業への株式売却については、米国の大手IT企業がTikTokの株式を購入する場合には、反トラスト法(独占禁止法)上の問題に突き当たる可能性もあることから、その実現は簡単ではないのではないか。

そして、バイデン政権が慎重に考えなければならないのは、全米国民の半数近くに相当する1億5,000万人超がTikTokのユーザーであり、10代では3人に2人がユーザーであることだ。TikTokの一般利用を禁じれば、若者の強い反発を浴び、来年の大統領選挙にも悪影響が及びかねない。

さらに、民主党内では民主主義を支える重要な要素の一つである表現の自由を損ねるという観点から、TikTokの禁止に反対する意見も少なくないのである。

落ち着きどころを探る動きとなるか

TikTokが国家安全保障上の脅威になるとの証拠が今後も得られない場合、バイデン政権は、TikTok側の譲歩と引き換えに、TikTokの禁止を可能とする法案を成立させることを避ける方向で、落ち着きどころを探るのではないか。

現在米国政府、議会とTikTokとの間で大きな争点となっているのは、「データ管理」と「会社の支配」である。TikTokを傘下に持つバイトダンスの株式は6割が国際投資家である、と周受資CEOは説明している。そのうえで、会社を誰が所有しているかよりも、データをどこで管理しているかの方が重要であり、TikTokのデータは米国内で管理されているから問題はない、というのが周受資CEOの主張である。

他方で米政府や議会は、中国政府はバイトダンスの「黄金株」を保有しており、重要決議の議決を左右できることを問題視している。中国政府がバイトダンスを事実上支配していると考えており、そのため、米企業への株式売却を求めている。他方で、中国政府は、TikTokのアルゴリズムが米国側に流れることを恐れ、株式売却に反対している。

TikTokは、個人データの米国内での管理を一層徹底させること、中国政府のプロパガンダが入り込まないように、コンテンツを厳格に第3者がチェックすることなどを受け入れ、それと引き換えにTikTokの一般利用を禁止しないとの妥協が成立するかもしれない。

そうして妥協が成立するとしても、中国系のアプリが米国で人気を集める間は、TikTokを中心に中国系アプリを巡る米国政府、議会での警戒感は強く残り、折に触れて中国企業、あるいは中国政府との間の軋轢が今後も繰り返されることになるのではないか。

(参考資料)
「中国発アプリ、なぜ米若者の心をつかむのか」2023年3月27日、ウォール・ストリート・ジャーナル日本版
「分断超す理念、試される民 国が産業競争を主導すれど-Next World フェアネスを問う5」、2023年3月31日、日本経済新聞電子版
「焦点:TikTok、疑念払えず 米公聴会5時間、激しい応酬」、2023年3月25日、毎日新聞
「Insider USA-「TikTok」禁止法案の裏にある安保上の懸念」、2023年3月25日、週刊東洋経済
「TikTok「中国政府の道具」でないと示せるのか-The Big Read(上)」、2023年3月16日、NIKKEI FT the World
「米議会、TikTok「中国情報流出」追及 トップ証言」、2023年3月24日、日本経済新聞電子版
「TikTok、米中対立のはざまで身動きとれず」、2023年3月24日、NIKKEI FT the World
「TikTokに高まる圧力 米司法省、個人情報流用で調査」、2023年3月18日、日本経済新聞電子版
「米、TikTok規制にハードル=中国政府がけん制―CEO議会証言」、2023年3月24日、時事通信ニュース
「TikTok「持ち主」は誰」、2023年4月5日、日本経済新聞

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。