「次元の異なる少子化対策」の財源で政府は増税回避の姿勢か
政府は3月末に「次元の異なる少子化対策」のたたき台を示した。6月の骨太の方針には、財源も含めて少子化対策の具体策を盛り込む方針だ。このたたき台には、児童手当の所得制限撤廃、支給対象年齡の高校卒業までへの延長、出産費用の健康保険の適用検討、保育所の利用要件を緩和、などが盛り込まれた。このうち、児童手当の見直しだけでも数兆円規模の財源が必要となる見込みだ。
昨年の防衛費増額の議論では、まず規模を決めたうえで政府が年末になって唐突に増税を含む財源確保策を打ち出したことで議論が紛糾し、いまだ最終決着を見ていない。それと比べれば、具体策、規模がまとまる前の段階で、それらと並行して財源の議論がなされていることは好ましいことだ。
ただし、防衛費増額と同じく子ども政策、少子化対策は相当規模の予算と財源確保が必要であることを踏まえれば、この2つの大型政策を同時に議論し、優先順位などを踏まえたうえで双方の内容、規模、財源を決めても良かったのではないか。
少子化対策の財源として、政府は消費増税を事実上封印しているともされる。防衛費増額の財源に一部増税を決めたことから、追加の増税を国民に求めることは避けたい考えがあるとみられる。また、国民が幅広く負担する消費増税を財源とする場合には、国民の信を得るべきとして、野党によって衆院解散に追い込まれ、消費増税が最大の争点となるように方向づけられることで、与党が苦戦を強いられることなどを警戒している可能性があるだろう。
少子化対策の年間5兆円を保険料上乗せで賄うと個人は月額3,120円の負担増
そこで政府内で検討されているのが、社会保険の活用である。使途を少子化対策に限定したうえで、既存の社会保険料に上乗せして追加徴収を行う案が検討されている。また、医療保険や介護保険を少子化対策に活用することも検討されているとされる。
社会保険を活用するこの案には、増税ほどには国民の反発が大きくないとの考えがベースにあるのではないか。つまり「取りやすいところから取る」という考えである。実際には、個人の可処分所得が減るという点で、どちらも個人の負担は高まる。ただし、消費増税の場合には個人がそれをすべて負担するの対して、社会保険料の引き上げの場合には、個人と企業が折半して負担するという違いはある。
仮に少子化対策の規模が年間5兆円程度であれば、それを消費増税で賄うには税率を現行の10%から12%へと2%引き上げる必要がある。他方、これを社会保険料の引き上げで賄い、労使が折半する場合には、年間2.5兆円分を6,667万人の就業者(2023年2月時点)が負担することになり、一人当たりの平均で年間3万7,500円、月額3,120円の負担増となる計算だ。
社会保険で賄うと不公平感が生じる
社会保険は、医療保険、年金保険、介護保険、雇用保険、労災保険の5つからなる。様々なリスクに備えて、お互いに資金を出し合ってともに助け合う「相互扶助」の理念に基づくものであり、保険料の負担者が受益者となる仕組みだ。
少子化に歯止めをかけることは国民すべての利益になることは確かであるが、児童手当などを受け取る直接的な受益者は、保険料を負担する者の一部である。社会保険制度の本来の趣旨に照らせば、社会保険料の上乗せで少子化対策を賄うことは、公平性の観点から問題ではないか。
また、医療保険や介護保険を少子化対策に活用すれば、徴収された保険料が、本来とは異なる目的に使われることになり、やはり保険料の負担者に不公平感と不満が生じるだろう。
既存の社会保険の活用は国債発行増加につながる
さらに、社会保険は保険料だけではなく国庫が負担している部分もある。少子化対策の財源を医療保険や介護保険などに求めれば、その分、それらの保険の財源が不足することになり、国庫負担のさらなる増加で賄われることになるだろう。それは、新規の国債発行で賄われる可能性が高い。つまり、既存の社会保険で少子化対策の財源を賄うことは、国債発行による将来にわたる国民負担の増加で賄うことに他ならなくなる。
財源を国債で賄い、将来世代の負担を高めることは、企業の中長期的な成長期待を低下させ、設備投資や雇用、賃金の抑止を通じて経済の成長力を損ねてしまう。少子化対策の狙いの一つは、経済の成長力の低下に歯止めをかけることであるとすれば、その目的と矛盾してしまうことになるのである。
歳出削減に加えて国民に幅広い負担を求める増税策も選択肢
他方、少子化対策の奏功で出生率が上昇すれば、それは企業の中長期の成長期待を高め、設備投資や雇用、賃金の抑止を通じて経済の成長力を高めることにつながる。その利益は現代に生きる国民が享受する。この点から、少子化対策の負担は、現役世代が担うべきだろう。
4月14日に財制審の会長に就任した経団連の十倉会長は、「社会保険だけに限るのではなくて税も含めた広い安定財源確保の議論が必要だ」と語っている。
少子化対策の財源については、歳出削減に加えて、国民に幅広い負担を求める増税策も選択肢から外さずに、6月の骨太の方針に向けて一層議論を深めていくことが重要だ。
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