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流出した銀行預金は戻っていない

米銀の破綻をきっかけに加速した米銀からの預金流出は、3週間続いた後、4週目に入ってようやく歯止めがかかった。しかし、資金が本格的に預金に戻ってくる様子は見られていない。

米銀の破綻の前から、預金の流出は進んでいた。それは、米連邦準備制度理事会(FRB)が昨年3月から大幅な利上げ(政策金利引き上げ)に踏み切って以降、より高い金利を求めて、顧客がMMF、ETFなどに資金をシフトさせていたためだ。

米銀の破綻をきっかけにした銀行不安とこうした資金シフトが重なる中で、大量の預金流出が起こったのである。第1週目は中小銀行から大手銀行に預金がシフトしたが、第2・3週目には、大手銀行からも預金が流出した(図表)。

図表 米国銀行預金の週次変化

大手銀行でも預金が流出

シリコンバレーバンク(SVB)は、預金流出に対応するため、含み損を抱えた債券を売却せざるを得ず、大きな損失を出した。それを受けて経営不安が高まり、預金がさらに流出するという悪循環が強まり、最終的に破綻に至ったのである。

こうした経験を踏まえれば、銀行は、預金流出をなんとしても食い止める必要がある。しかし、預金金利を大幅に引き上げれば、それは収益を圧迫し、経営の安定性回復を目指した自己資本比率の引き上げに逆風となってしまう。中小銀行を中心に、預金流出を食い止める妙手はなく、それが、銀行不安が燻ぶり続ける一因ともなっているのだろう。

現在米国では金融機関の1-3月期決算が本格化し始めているが、大手金融機関の間でも、預金の流出が目立っている。米金融サービス会社チャールズ・シュワブが17日に発表した1-3月期決算では、3月末時点での顧客の銀行預金額は昨年末比11%減少、前年比で30%減少していた。この預金減少も一因となったとみられるが、チャールズ・シュワブは、経営の安定を重視して、利益の流出につながる自社株買いの計画の停止を決めた。

チャールズ・シュワブにステート・ストリート、地銀のM&Tバンク(MTB)を加えると、1-3月期の預金減少額は600億ドル程度に達している。

貯蓄口座の平均金利は3月で0.37%と低水準

一般的な貯蓄口座の金利は、この1年でじりじりと上昇しているとは言え、依然としてかなりの低水準にある。米預金保険公社(FDIC)によると、銀行・信用組合の貯蓄口座の平均金利は、3月で0.37%である。1年前の0.06%から0.3%ポイント程度引き上げられたが、この間にFRBの政策金利が4.75%ポイントも上昇したことを踏まえると、引き上げ幅はわずかに留まっている。

他方、25万ドルの預金保険の上限を上回る預金の比率が高いなど、預金流出のリスクが相対的に高い中小銀行は、収益への悪影響を甘受して、無理してでも高い預金金利を設定して、預金流出を食い止めようとしている。

顕著な預金流出が生じた、ロサンゼルスに本拠を置き、新興企業の顧客を多く抱える地銀のパックウェスト・バンコープは、定期預金口座の短期CDに5.5%もの高い金利を提供している。また、マーチャンツ・バンク・オブ・インディアナ(MBI)が提供するCDの金利も約5.4%だ。ただし、この高い預金金利でどの程度の利鞘を確保できるのかは不明であり、その持続性も不確実である。

アップルがデジタル貯蓄口座に平均の10倍以上の高金利を提示

金利引き上げで預金の流出を食い止めようとする米国の銀行にとって、新たな脅威となっているのが、アップルとゴールドマン・サックスが17日に発表した、4.15%の高金利の新たなデジタル預金口座の提供だ。銀行の貯蓄口座の平均預金金利と比べて10倍を超える異例の水準である。

利用できるのはアップルのクレジットカード「アップルカード」の米国でのユーザーのみで、当座預金口座かデジタル送金サービスの「アップルキャッシュ」を通じて利用可能となる。iPhoneの利用者に様々なサービスを提供する「アップル経済圏」の拡大を狙った措置である。

FRBはなお政策金利を引き上げる方向だ。これは銀行預金のさらなる流出を促すだろう。これに対して、経営を不安視されている中小銀行は、預金金利をさらに引き上げることで、預金流出を食い止めようとする。

しかし無理な預金金利の引き上げは、収益を圧迫し、経営に対する信頼感を損ねることで、逆に預金流出を加速させるというリスクがある。こうした中、この先米国景気が減速し、銀行の貸出資産の劣化が収益や資本を圧迫するとの観測が広がれば、預金流出に対してもはや打つ手がなくなってしまうのではないか。

(参考資料)
"Apple Makes the iPhone a Home for Savings Accounts(アップル、高利回り預金口座の提供開始 年利4.15%)", Wall Street Journal, April 18, 2023
"Banks Are Finally Facing Pressure to Pay Depositors More(米銀がついに直面、預金金利引き上げ圧力)" , Wall Street Journal, April 17, 2023
"Schwab Leaders Say Firm Can Withstand Storm After Deposit Drain", Bloomberg, April 18, 2023
「Apple経済圏、次は金融 米国で年利4.15%預金サービス」、2023年4月18日、日本経済新聞電子版

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。