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日本銀行は4月21日、金融システムレポート(FSR)を発行した。3月に欧米で銀行不安が生じ、金融市場が動揺したことを受け、日本の銀行経営の安定性を再度確認する内容になっている。欧米では銀行不安が高まったが、日本の金融システムは健全かつ頑健であり、「わが国の金融システムは、全体として安定性を維持している」との判断は堅持された。

米国では、昨年来の金利急騰によって銀行が保有する債券の含み損が拡大し、それが、経営不安が生じる一因となった。日本においても、銀行が保有する外債の含み損が昨年初めから拡大する一方、昨年年末には日本銀行によるイールドカーブ・コントロール(YCC)の変動幅拡大を受けて国内長期金利が上昇したことから、円債においても含み損が拡大した。

金融機関が保有する有価証券(満期保有目的の有価証券を含み政策保有株を除く)は、2021年末までは全体で含み益となっていたが、2022年末にはリスクアセット対比で1%台後半までの含み損が生じた。

破綻した米国のシリコンバレーバンク(SVB)の場合には、銀行預金が急速に引き出される中、時価評価されない満期保有目的に分類していた債券も売却せざるをえず、その含み損が実現損となった。それによる巨額の損失が自己資本を毀損し、経営不安を高めるという悪循環を高めていったのである。

ただし、日本の金融機関の場合には、有価証券の評価損を自己資本に算入しても、自己資本比率の低下幅は小さく、規制水準は維持されるとの分析がレポートでは示されている。

さらに、有価証券の評価損が大きい金融機関には、自己資本比率が高い金融機関が多い、という特徴がみられ、有価証券の評価損拡大が日本では経営不安につながりにくいことが示されている。

米国では含み損が拡大した債券を、時価評価が求められる投資目的から時価評価が求められない満期保有目的へと分類を変えたうえで、銀行は含み損を抱えた債券を保有し続ける傾向が強かったとされる。

他方日本では、調達利回りを下回る利回りの外債、つまり逆鞘が生じた外債を損切りし、損失を計上する一方で、より高い利回りの外債に入れ替えるといったリバランスを進めたことで、外債の利鞘が一定程度確保され、それが資金収益の安定をもたらしている面もある。リバランスの結果、外債のデュレーションは、2021年末から2022年末の間で1年近く短期化している。

こうしたリバランスを積極的に実施したのは、自己資本比率が高く、また益出しによる損失吸収力のある銀行、という傾向も見出される。益出しの余力が小さく、外債の損切と益出しの双方を合わせ技で行うことができない銀行ほど、含み損を抱えた外債をそのまま保有し続けているだろう。その結果、利鞘も縮小した状態が続くことになり、収益面で体力が一段と低下してしまう可能性がある。

このように、内外の金利上昇は、日本の銀行システムの安定性を大きく損ねるものではないものの、銀行の収益性や経営の安定性の格差を一段と拡大させることになったのではないか。

この先、世界的な景気減速が生じた場合、株式や投資信託で含み損がさらに拡大する可能性や、国内での与信コストが上昇するなど、経営基盤の弱い銀行に問題が生じないかについては、引き続き注視しておく必要があるだろう。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。