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パックウエストに身売りや会社分割の観測

5月1日に米地銀ファースト・リパブリックバンクが破綻した。3月以来3行目の米銀破綻である。これをきっかけに、次の破綻や買収の候補となる銀行を探す動きが、金融市場で強まっている。足もとでは、カリフォルニア州のパックウエスト・バンコープ、アリゾナ州のウエスタン・アライアンス、テネシー州のファースト・ホライゾンの3行の経営不安が特に強まり、また株価の下落が顕著となっている。

5月3日に、パックウエストが身売りや会社分割などを検討しているとの報道が流れたことが、同行や地銀全体の株価急落の発端となった。パックウエストの株価は4日に、約50%急落して取引を終えた。同行は同日に「複数の潜在的な提携先や投資家からアプローチを受けており、あらゆる選択肢を検討している」と、何らかのディールを検討していることを明らかにしている。

他方で同行は、「ファースト・リパブリック銀行の売却後、異常な預金流出には見舞われていない」と説明している。5月2日時点での預金額は280億ドルと、3月末時点の282億ドルからほぼ変わっていない。パックウエストの預金は現時点で、大半が預金保険の対象であり、5月2日時点で保険対象外の預金は全体の25%に留まっている。また保険対象外の預金額の188%に相当する流動性を確保していることも明らかにしている。

金利上昇による貸出債権の含み損拡大で資本不足懸念

しかし、投資家は、預金が流出するリスクは小さいとする同行の説明に懐疑的である。それは、ファースト・リパブリックバンクが破綻に至った際の経験があるためだ。ファースト・リパブリックバンクは、4月21日時点の預金額が、3月末から1.7%しか減少していないとしていた。ところが、カリフォルニア州の銀行規制当局によると、その後のわずか5営業日の間に、預金全体の約1割が一気に流出したのである。

さらに投資家が強く警戒しているのは、他行と同じように、パックウエストも固定金利の貸出を抱えており、その貸出債権の価値が金利上昇によって下がり、時価評価をした場合に大きな含み損が生じていることだ。同行の貸出債権の簿価と時価の差、つまり含み損は昨年末時点で17億8,000万ドルに達した。

同行が他行に買収される場合には、貸出債権の評価額が切り下げられ、買収金額がその分減少する。それは、株価下落を通じた投資家の損失によって賄われることになる。そのため、身売り観測が強まる中で、同行の株価が急落しているのである。貸出債権の含み損を反映すると、同行の自己資本(普通株式株主資本)は、22.4億ドルから4.6億ドルまで一気に減少する計算となる。資本不足が深刻化しているのである。

現時点では3行が金融市場の警戒する破綻・買収候補に

さらに英紙フィナンシャル・タイムズは4日に、ウエスタン・アライアンスが身売りや事業売却を検討していると報じた。これを受けて、4日の米株式市場で同社の株価は一時6割も下落した。ただし同行の場合は、こうした報道を誤りとして、その内容を強く否定している。

ファースト・ホライゾン・コーポレーションは、1年ほど前に合意していたカナダ銀大手TDバンク(トロント・ドミニオン・バンク)による買収が撤回になったことをきっかけに、経営不安から株価が急落している。TDバンクは、規制当局の買収承認を得られるめどが立たなくなったことが買収撤回の理由であると説明している。

破綻リスクの指標は預金流出から株価下落に

3月にシリコンバレーバンク(SVB)、シグネチャーバンクが相次いで破綻した際には、個社要因によるところが大きいと考えられていた。現在、米国で強い逆風に見舞われているIT分野、暗号資産分野に近いこと、預金保険の対象とならない大口預金の比率が高いという負債構造、過剰な債券投資、などが破綻の原因とされた。

しかし、その後も地方銀行の経営不安は消えず、5月にはファースト・リパブリックバンクが破綻し、さらに地方銀行株の下落に歯止めがかからない状況の中、地方銀行全体に共通するリスクが浮き彫りになってきている。

それは、各行が低金利環境下で過剰な預金獲得も含めてビジネスを急拡大させたものの十分な金利リスクの管理を怠り、そうした中、金利急騰でそのリスクが一気に表面化したことである。それは、債券投資や固定金利での住宅ローンなどの貸出で生じた巨額な含み損の問題だ。大量の預金流出が生じると、こうした含み損を抱えた証券、貸出債権を売却せざるを得なくなり、損失が拡大して自己資本不足に陥る。

他方、預金流出が生じなくても、投資家が銀行の破綻や身売りを意識すると、含み損分だけ株式の価値が切り下げられることを警戒し、株価が大きく下落することになる。

預金保険でカバーされない大口預金の流出が一巡すれば、預金流出には早晩歯止めがかかってくるだろう。それでも銀行不安の底流にある含み損、資本不足の問題は消えない。経営不安を示す指標は、預金流出から株価下落に移ってきていると言えるだろう。

経済の悪化による貸出資産の焦げ付きが次の逆風に

さらに注目したいのは、現時点での銀行の資産の劣化は金利急騰によってもたらされたものであり、デフォルト(債務不履行)など信用リスクを反映したものではないということだ。

しかしこの先、金利引き上げや銀行の貸出抑制によって米国経済の悪化が明確になれば、貸出資産の焦げ付き、不良債権問題が銀行経営の追加的な逆風となるだろう。このような点から、米国での銀行不安問題はかなり長期化することが予想されるところだ。銀行不安はまだ始まったばかりと言えるのではないか。

(参考資料)
"Regional-Bank Shares Dive as Investors Fret About Contagion", Wall Street Journal, May 4, 2023
"PacWest and the Bank Confidence Genie(米地銀パックウエスト窮地 「信頼」という魔物)", Wall Street Journal, May 5, 2023
「米地銀WALが身売り検討とFT報道 会社「断じて誤り」」、2023年5月5日、日本経済新聞電子版
「激震続く米地銀、株価3~5割安 経営の「質」問う市場」、2023年5月5日、日本経済新聞電子版

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。