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3月以来続く米銀の破綻を受けて、米金融当局は中堅銀行に対する規制強化や預金保険制度の見直しの議論を進めている。さらに新たな金融不安の引き金となりかねないノンバンク(非銀行金融仲介機関)への規制強化の動きもみられる。4月21日に米金融安定監視評議会(FSOC)は、ノンバンクに対する金融当局の監視を強めるためのガイダンス修正案を提示した。

さらに、5月3日に米証券取引委員会(SEC)は、運用資産額が15億ドル(約2,000億円)以上のヘッジファンドとプライベート・エクイティ(未公開株)ファンドに対して、取引で巨額損失が発生した場合には、72時間以内の報告を義務付けることを柱とした新規制の導入を決めた。

ヘッジファンドに対しては、これまでは資産規模に応じ、四半期または年ごとの開示を求めていたが、新たな規制により、当局は損失状況などを迅速に把握できるようになる。これは、今まで当局が把握できていなかったことの証である。

SECのゲンスラー委員長は、ヘッジファンドとプライベート・エクイティなどプライベート(私募)・ファンド全体の運用資産総額は最大で25兆ドルに及び、米商業銀行の総資産23兆ドルより大きいとし、「プライベートファンドはその事業慣行や複雑さ、投資戦略といった面で顕著な進展を遂げてきている。現在、プライベートファンドと広範な資本市場とのつながりはかつてないほど強まっている」と指摘した。つまり、プライベートファンドが金融を不安定化させるリスクは高まっており、監視の強化を強める必要性をアピールしているのである。

ヘッジファンドには巨額の損失発生だけでなく、顧客からの資金引き出しや、証券会社との契約終了など、運用に支障を来しかねない事態が生じた場合にも72時間以内の報告を義務づける。プライベート・エクイティファンドについては、運用者交代などが開示の対象となり、また四半期ごとの公表が義務づけられる。運用資産20億ドル以上のプライベート・エクイティファンドについては、運用戦略を含めた情報開示を年次報告書に盛り込むことが求められる。

今回のルール改正とは別に、SECはプライベートファンドの手数料・費用・運用実績の詳細なデータの開示を義務付けるルール案も提案している。

高リスク資産を多く抱えるプライベート・ファンドを含むノンバンクは、今後の金融リスクを脅かす震源地となる可能性がある。それを意識した金融当局は、ノンバンクに対する規制、監視の強化に動いているのである。

金利急騰に加えて、米国経済の悪化が明確となれば、ハイイールド債やローン担保証券(CLO)、商業用不動産担保証券(CMBS)など高リスクの証券化商品の価格下落傾向が強まり、それを多く保有するノンバンクの損失が拡大する。それは顧客からの資金流出を招き、換金売りによって金融市場全体が大きく動揺しかねない。

足もとでにわかに強まるノンバンク規制強化については、こうしたリスクへの対応としては遅すぎる可能性もあるだろう。

(参考資料)
" SEC Adopts Amendments to Enhance Private Fund Reporting ", SEC, May 3, 2023
「米SEC、私募ファンド情報開示強化 リスクの報告義務化」、2023年5月4日、日本経済新聞電子版

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。