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中小米銀の商業用不動産向け融資にリスク

米銀の経営不安が続く中、商業用不動産市場の調整が次の発火点になるとの懸念が強まっている。中小・中堅銀行は、米商業用不動産(CRE)融資の主な出し手である。米抵当銀行協会によれば、米商業用不動産向け融資残高(4兆4,000億ドル)の8割近くを中小規模の銀行が占めている。

急速な金利上昇や景気悪化懸念による不動産需要の鈍化、それを映した不動産価格の下落によって、デベロッパーや不動産投資会社の経営状況は既に悪化を始めている。銀行が融資基準を厳格化すれば、彼らの債務不履行リスクが高まり、銀行の信用リスクが高まる。それが銀行の融資をより慎重にさせれば、彼らの経営環境は一段と厳しくなり、負のスパイラルが生じる。

建設及び不動産向け融資は基準の上限に

実際、銀行が商業不動産融資を絞っていく可能性は高まっている。米連邦預金保険公社(FDIC)などが2006年に定めた指針では、銀行が建設及び不動産向け融資がそれぞれ総資本の100%、300%を超えると、当局による監視が強化される。

5月16日に公表されたデータによると、4,760行中763行は、どちらかの融資がこの上限を超えていた(不動産データ会社トレップ)。そうした銀行の割合は、総資産10億~100億ドルの銀行で約30%、総資産100億~500億ドルの銀行で約23%に及ぶという。

リスク資産を抑えて自己資本比率を高めるという観点、建設・不動産向け融資の信用リスク上昇を未然に防ぐという観点に加え、当局の介入を回避する観点からも、銀行は銀行が建設及び不動産向け融資をこの先急速に抑えていく可能性があるだろう。それが、貸出先である建設及び不動産の経営不安と不動産価格下落のリスクを高めることにもなる。

リスクは家計向けから企業向け金融商品に

当局の指針によれば、建設・不動産向け融資が基準を超えた銀行は、当局による監視が強化されるだけでなく、特定の融資債権を売却するなどの「リスク管理慣行を強化」することを求められる。新規の融資を抑えるだけでなく、融資債権の売却も求められるのである。

過剰な融資を抱えた銀行は、不動産向け融資の借り換えを断るケースも増えてきそうだ。これは、不動産業者の資金繰り悪化に拍車をかけることにもなるのではないか。米調査会社トレップによると、約2,700億ドルの商業用不動産向け融資が2023年中に満期を迎える。

米銀の経営不安の背景は、預金流出による流動性リスクの高まりから、経済、不動産市場の悪化による信用リスクに変質してきている。その際、信用リスク上昇の中心は、リーマン・ショック時のような住宅不動産ではなく、商業用不動産である。

また、銀行融資に加えて、金融商品のリスクの重点も、リーマン・ショック時のような住宅用不動産担保証券(RMBS)から商業用不動産担保証券(CMBS)に移っているだろう(コラム「 企業債務がトリガーとなる米国経済・金融危機 」、2023年5月15日)。

(参考資料)
「焦点:米地銀に商業用不動産の重圧、見切り売りで損失増大も」、2023年5月17日、ロイター通信
「「次のFRCは」緩和依存のツケ、不動産・欧州にも火種」、2023年5月3日、日本経済新聞電子版
「次は商業用不動産がヤバい…米国“中小銀行の危機”が発端となって今後何が起きるか」、2023年4月5日、デイリー新潮

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。