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リチウムを巡る先進国と中国の争奪戦

先週のインド太平洋経済枠組み(IPEF)閣僚会合では、参加国は半導体、レアアースなど重要物資を融通しあう「サプライチェーンの強化」で合意した(コラム「 IPEF閣僚会合がサプライチェーン協定で合意:参加国間で「同床異夢」の側面も 」、2023年6月1日)。これは、日米など先進国の参加国にとっては、中国への対抗という側面が強く、経済安全保障上の政策の一環と言える。

他方で中国も、先進国に対抗して重要物資の確保に奔走している。その一つが、リチウムだ。リチウムは銀白色の柔らかい金属で、電気自動車(EV)やスマートフォンなどに搭載されるリチウムイオン電池の製造に利用される。

中国もリチウムの産出国ではあるが、その埋蔵量は世界全体の8%に過ぎない。将来的に、先進国に阻まれて十分なリチウムを確保できなくなれば、成長著しい中国のEV産業の逆風となってしまう。

実際、世界有数のリチウム埋蔵量を抱えるカナダとオーストラリアは、国家安全保障上の懸念を理由に中国によるリチウム開発の新規投資を最近禁止している。

そこで中国がリチウム確保に動いているのが、中南米とアフリカ諸国である。両地域を中心に、中国企業は過去2年間に45億ドルを投じて、約20のリチウム鉱山の権益を取得したという。

リチウム産出国での「資源ナショナリズム」が障害に

ただし中国も、そうした新興国で簡単に鉱山権益の買い占めができるわけではない。そうした国々では資源ナショナリズムの傾向が少なくなく、政府の抵抗に遭うことも少なくない。

例えば中国が積極的に投資するボリビアは、鉱物資源の国有化を憲法に明記している。ボリビアは世界のリチウム埋蔵量の約2割を保有する。ジンバブエは昨年12月に、加工前のリチウムの輸出を禁止して、外国企業がリチウムを同国で加工することを実質的に義務付けた。また今年2月には、メキシコの大統領がリチウム資源の国有化を迅速に進めるための大統領令に署名した。4月にはチリの大統領が国内でリチウム採掘を行う民間企業には国有企業との連携を義務付けると発表している。チリは、ボリビア、アルゼンチンと共に、石油輸出国機構(OPEC)のようなリチウム・カルテルを結成することも協議している。

こうした国々は、資源を武器に、先進国にも中国にも与せず、中立的な姿勢を維持することで、存在感、発言力を高めようとしているようにも見える。まさにグローバルサウス的な立ち振る舞いだ。

こうした国々でのリチウム確保には、資源ナショナリズムだけではなく、政情不安やテロの脅威なども障害となっている。習近平国家主席は、3月に開かれた全国人民代表大会で、最近の中国企業の「リチウム・ラッシュ」の混乱ぶりを批判している。そのうえで、中国企業に海外進出の前に相手国の市場をもっと理解するように促した。

リチウム価格の急落が逆風に

こうした困難に直面しているとはいえ、中国は世界の中でのリチウム確保にどの国よりも成功している。中国は2025年までに必要な世界のリチウム鉱山生産能力の3分の1を確保する可能性がある、との推計もある。

新興国は中国企業とパートナーを組むことを好む場合も多いという。中国企業は単に安価にリチウムを採掘し、高値で販売するだけではなく、その加工や精製、電池製造まで手掛けるのが普通のようだ。その過程で、資源国に多くの雇用、ビジネスを生みだすことが魅力となっている。

そうした中国企業にとって、当面の懸念はリチウム価格の下落だろう。リチウムの価格は2年にわたって高騰し、12倍にまで跳ね上がっていた。しかし今年に入ってからは、一転して過去最高値の半分以下まで落ち込んでいる。中国における電気自動車(EV)需要鈍化などが背景だ。

これは、リチウム鉱山の権益を取得するなど巨額の資金をつぎ込んできた中国企業にとっては財務面での逆風となっている。しかし、長い目で見れば、リチウムの需要はさらに拡大することが見込まれる中、中国の世界でのリチウム確保の動きが、これによって後退することはないはずだ。

(参考資料)
"China's Risky Strategy to Control One-Third of the World's Lithium Supply(中国がリチウム権益買い占め、途上国のリスク無視)", Wall Street Journal, May 30, 2023
"Lithium Prices Are Down, Cheaper Batteries and EVs Could Follow(リチウム価格下落、バッテリーとEVに波及するか)" , Wall Street Journal, April 5, 2023

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。