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大手銀行に平均で約20%の自己資本増強を求める

ウォールストリート・ジャーナル紙が報じたところによると、相次ぐ米銀破綻を受けて米国の規制当局は、大手銀行に対して財務基盤を強化するよう求める準備を進めている。米連邦準備制度理事会(FRB)、連邦預金保険公社(FDIC)、通貨監督庁(OCC)の3機関が、早ければ6月中に新たな資本規制を提案し、パブリック・コメントを求める予定だ。新たな規制は、今後数年かけて正式に導入されるとみられる。

規制の具体案はまだ明らかにされていないが、大手銀行で必要とされる自己資本は平均で約20%引き上げられる可能性があるという。求められる引き上げ幅は、銀行の事業内容などによって異なるが、大規模なトレーディング事業を展開する米国のメガバンクが最も大幅に資本増強が求められると予想される。また、投資銀行やウェルス・マネジメントなど手数料収入に大きく依存している銀行も、大幅な資本増強に直面する可能性があるという。

新しい規制では、手数料収入をベースとする活動をオペレーショナル・リスクとして扱うことが検討されており、それには不適切な内部プロセス、人材、システムによる損失や、サイバー攻撃などの外部の脅威によって生じる損失が含まれる。

銀行融資の一段の削減が経済を悪化させるリスク

新たな規制が導入される方向となれば、大手銀行は増資や収益拡大を通じた自己資本の増強を模索することになる。また、自己資本比率の上乗せという形で規制が導入される場合には、資本増強策に加えて、自己資本の分母にあたるリスク資産の削減を進めることになるだろう。自己資本比率の水準を2割高めるには、リスク資産を2割程度削減する必要がある。

銀行破綻が生じた3月以降、中堅・中小銀行のみならず、大手銀行でもリスク資産である融資を削減する動きが続いている。そうした中、新たな規制が導入される方向となれば、大手銀行は自己資本比率を引き上げるため、融資の削減を一段と進める可能性があるだろう。それは、資金ひっ迫(クレジットクランチ)の傾向を強めることになる。企業、家計の資金調達はより困難化し、米国経済活動を一段と抑制することになるのではないか。

国際銀行規制見直しの動きは日本の金融市場や金融政策にも影響

米銀破綻を受けた国際的な規制・監督強化の議論は、主要25か国・地域の中央銀行、国際機関からなる金融安定理事会(FSB、Financial Stability Board)の場で、今後議論が進められる。そこでは、保険会社を含むノンバンク(非銀行金融仲介機関)部門への監視強化が議論の中心になると予想される。

それに加えて、国債金利の急上昇による債券含み損が、米銀破綻の一因となり、また銀行全体が抱える共通の問題となったことを踏まえ、銀行勘定金利リスクの規制の強化も議論されるのではないか。長年議論されてきた、国債保有による金利リスク分を自己資本規制(第一の柱)に含める、銀行勘定金利リスクの資本賦課も再度検討される可能性があるだろう。

仮にそうした方向で今後国際金融規制の議論が進む場合には、信用リスクがゼロであり規制上の自己資本比率に影響を与えない自国の国債を保有するメリットが低下し、銀行は国債を手放す、あるいは積極的に購入しなくなる可能性が生じる。それは、国債金利の上昇をもたらすだろう。

銀行勘定金利リスクの自己資本規制導入の議論は、日本銀行の国債買い入れ策のもとで、過去10年の間に国債保有をかなり減らしたとは言え、他国と比べ依然として国債を多く保有する日本の銀行により大きな影響を生む。

今後、日本銀行が保有する国債を削減する正常化策を進める中、銀行勘定金利リスクの自己資本規制の導入によって日本の銀行が国債を保有するインセンティブが削がれる場合には、その過程で国債金利が上昇するリスクが高まることになる。日本銀行は、金利上昇のリスクに配慮して、より慎重に正常化を進めることを求められるだろう。

このように、米銀破綻をきっかけに生じている国際的な金融規制の見直しの動きは、日本の銀行行動、金融市場、日本銀行の金融政策にも大きな影響を与える可能性がある。

(参考資料)
"Big Banks Could Face 20% Boost to Capital Requirements(米大手銀行、自己資本20%増も 規制当局が提案へ)", Wall Street Journal, June 5, 2023

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。