マイナス金利早期解除の期待は萎む
植田総裁のもとでも、日本銀行は直ぐには政策を見直さない、との見方が金融市場で強まっている。それが、為替市場で円安圧力を生み、株価の押し上げにも大いに寄与している。
国債市場で政策金利(短期金利)の先行きの見通しを反映する傾向が強い2年国債の利回りは、昨年12月に日本銀行がイールドカーブ・コントロール(YCC)の変動幅引き上げを突如発表したことを受けて急上昇し、年末時点では0%を上回った。政策金利(短期金利)の早期引き上げの可能性を織り込んだのである。
2年国債の利回りは、年末から年初のピークで+0.04%まで上昇したが、足元では-0.07%程度と昨年10月頃の水準まで低下している。早期のマイナス金利解除への期待は萎んでしまったのである。
マイナス金利解除など、日本銀行が過去10年続いた異次元緩和の「枠組みの見直し」に本格的に着手するのは、まだ先のことだろう。筆者は早くても来年後半以降と現時点では考えている。
ただし、多くの問題を抱えるYCCについては、本格的な「金融緩和の枠組み見直し」とは別枠で、昨年12月の柔軟化措置の延長、との名目で変動幅の再拡大や変動幅の撤廃を年内にも実施する可能性が見込まれる。その結果、長期国債利回りが小幅に上昇する可能性がある。
市場の歪みではなく大量の国債買い入れを強いられたことが最大の問題
昨年12月に日本銀行がYCCの変動幅を拡大した際に、その理由として挙げたのは、イールドカーブの歪みへの対応であった。現時点では、イールドカーブの歪みは解消されており、その点からは追加の柔軟化措置は必要ないようにも見える。
しかし、本当に問題だったのは、10年金利が変動幅の上限を超えないように、大量の国債買い入れを強いられていることだったのではないか。それは、国債市場の流動性を低下させ、ボラティリティを高めるリスクを高める。また日本銀行のバランスシートをいたずらに肥大化させてしまう。
2016年9月にYCCの導入を決めた狙いの一つが、国債買い入れの抑制にあったと考えられることを踏まえると、これは由々しき事態だ。そこで、日本銀行は、早期にYCCの変動幅の再拡大や変動幅の撤廃などを通じて、国債の買い入れ額を抑える意向を持っているとみられる。
YCCの致命的欠陥
ところで、YCCには、大量の国債買い入れを強いられること以外にも、致命的な欠陥がある。例えば、米国で景気が堅調でインフレ率が上振れる中、米国の長期利回りが上昇するケースを考えてみよう。その際には、米国経済の堅調さやインフレ率上昇の影響が日本経済に及び、日本でもインフレ率が上振れる。それに加えて、日米の利回り格差拡大で円安が進み、それも日本の物価上昇率を高める。
本来であれば、これは、日本銀行は金融引き締め策の実施を求められる局面だ。ところが、米国の長期利回りの上昇によって、日本の10年国債金利が目標値を上回るリスクが高まれば、日本銀行は利回りの上昇を食い止めるために、国債の買い入れを拡大させなくてはならなくなる。これは、金融引き締めとは逆の金融緩和の強化である。
その緩和強化の影響で日本のインフレ率はさらに上昇するとの観測が国債市場に広がると、長期利回りがさらに上昇してしまう。そして日本銀行は国債の買い入れの一段の拡大を求められるのである。つまり、悪循環が生じることになる。
逆に米国で成長が鈍化し、インフレ率が下振れする局面では、日本銀行は金融引き締めを求められる。
このように、本来必要な金融政策とは全く逆の政策を強いられるというのが、YCCが抱える致命的な構造問題である。この点から、YCCの再修正あるいは大幅な改革は、新体制下の日本銀行の最優先課題なのではないか。
こうした措置の実施によって、YCCの形骸化は一気に進むことになる。それでもYCCの廃止はすぐには実施しないとみておきたい。金融政策正常化の最大の山場となるマイナス金利解除の際に、イールドカーブの起点となる短期利回りの見通しが動くことで、長期利回りが大きく上昇するリスクが残る。この際に、指値オペなどで利回り上昇をけん制する措置が正当化されるよう、長期国債利回りをコントロールする枠組みであるYCCを形だけでも残しておくのではないか。
マイナス金利解除、その後のYCCの撤廃は、いずれも2024年後半以降にずれ込むとみておきたい。
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