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損失の政府保証スキーム確定で買収完了

スイスの大手金融グループUBSは12日に、 クレディ・スイスの 買収完了を内外の新聞に書簡で公表した。クレディ・スイスは独立した金融機関としての167年の歴史に幕を閉じた。2008年の金融危機以降で最大規模の銀行合併となり、ウェルスマネジメント主体の巨大金融機関がスイスに誕生した。

これに先立ちUBSは9日、クレディ・スイス・グループの救済買収から生じ得る損失を90億スイス・フラン(約1兆4,000億円)までを政府がカバーする協定に調印した。これで買収完了の最後の障害が取り除かれたのである。

UBSは損失の最初の50億フランまでを負担する。それを超える損失については、政府が90億フランまでを引き受ける。対象となるのは、クレディ・スイスの資産のうち特定のポートフォリオで、合併後の巨大銀行の資産の3%、約440億フランに相当するという。具体的には、クレディ・スイスの非中核部門のローン、デリバティブ、仕組み商品などだ。

3月の合併合意時に、損失が一定の額を超えた場合には、政府がUBSに90億スイスフランの政府保証を行うとしていた。そのより詳細な内容がようやくまとまったのである。損失を最小限に抑え、政府の負担をできる限り生じさせないようにすることが、政府とUBSの優先事項として確認された、と政府は説明している。UBSのエルモッティCEO(最高経営責任者)も政府に損失が及ぶ可能性は極めて低い、と述べている。

政府は資産の管理について発言権を持ち、新たに設置する監視委員会にも参加する。また、UBSが合意に基づく損失補てんを受けるためには、合併後の銀行は本部をスイス国内に置き続ける必要がある。

UBSは買収に絡む資本要件引き上げについて、2年余りの猶予期間を得る。合併によって拡大した規模に基づく資本要件は、2026年初めから段階的に適用されるという。その他にも、流動性に関する規則や資産のリスクウエイトの計算方法など、規制面で複数の優遇が受けられる。

他方でUBSは3か月程度の間に、補てん対象資産の処分計画案と想定される純損失額の見積もりを政府に提出することを求められる。この計画には今後5年間にわたる財務見通しや資本計画、リスク加重資産見通し、資産処理戦略が盛り込まれる。さらに政府とUBSは、買収完了後90日間で、処分対象資産の追加や削除について検討する。

AT1債無価値化を巡る訴訟

一方で、決着が見えないのは、AT1債の無価値化を巡る投資家による訴訟の問題だ。経営不振に陥ったクレディ・スイスが発行した劣後債、AT1債を無価値と判断したスイス 金融市場監督機構 (FINMA)を相手取る投資家による訴訟は急増し、決着までには相当の時間を要する。

FINMAは3月に、クレディ・スイスのAT1債160億スイスフラン(約2兆4,800億円)について無価値と判断した。FINMAは、同行のAT1債は政府支援など「存続に関わるイベント」時に無価値化する設計であること、スイス政府が緊急法令でFINMAに評価減を命じる権限を与えたこと、を判断の根拠としている。

クレディ・スイスのAT1債は、日本では約1,400億円が販売されていた。そして、同AT1債を無価値とする判断を巡り、日本の投資家がスイス政府との仲裁を申し立てる方向となっている。日本とスイス間の経済連携協定(EPA)に盛り込まれた金融分野での投資家保護に違反するとして、賠償を求める。投資家の数は現時点で69人、その投資家が保有するAT1債は額面で計5,150万ドル(約72億円)にのぼるという。これは、日本で販売されたクレディ・スイスのAT1債の5%程度に相当する。

欧州銀行も貸出削減が進む

現在のところ、クレディ・スイスに続いて経営が行き詰まる欧州の主要銀行は出てきていない。欧州地域の主要銀行22行の2023年1—3月期決算は、純利益が前年同期比84%の増益と、11年以降で2四半期連続の過去最高を更新した。22行のうち9割にあたる20行が増益となった。中央銀行の利上げによる利ざやの改善が、収益を押し上げている。

ただし、米国の銀行と同様に、金利上昇による債券含み損の拡大という問題は欧州の銀行も抱えているはずだ。そして、米国の銀行と同様に、貸出抑制の動きがみられている。1-3月期の22行の融資残高合計は9兆7,273億ユーロと、直近ピークである半年前の2022年7—9月期の10兆32億ユーロから3%減っている。

欧州中央銀行(ECB)の4月の調査によると、融資基準を厳格化した銀行の割合は全体の27%と、ギリシャ危機が発生した2011年以来で最大となった。例えば、仏ソシエテ・ジェネラルの融資残高は、国際部門の低迷により2四半期連続で減少し、2022年7―9月期比で4%減となっている。

資金需要の減少に加え、銀行の貸出抑制による資金ひっ迫が、融資残高を縮小させており、これが企業や家計の経済活動の逆風ともなっている。特に、既に金融引き締めの影響を強く受けている不動産部門への影響が懸念されるところだ。不動産価格の下落が商業用不動産ローンの不良債権化につながれば、欧州の銀行の経営環境も一気に厳しさを増すだろう。

クレディ・スイスの経営不振以降、欧州では銀行の問題は目立って表面化はしていない。しかし、銀行が抱える課題は、米国の銀行と重なる部分が多いことは明らかだ。金融引き締めと銀行の貸出抑制の影響が重なって、ひとたび経済活動が悪化すれば、不良債権問題が深刻化し、銀行の経営不安が広がる可能性を欧州の銀行も抱えている。それは年内にも表面化するリスクだろう。

(参考資料)
"UBS, Swiss Government Seal $10 Billion Loss Guarantee Deal (3)、UBS, Swiss Government Seal $10 Billion Loss Guarantee Deal (2)、UBS, Swiss Government Finalize $10 Billion Loss Guarantee Deal", Bloomberg, June 09, 2023
「スイスとの仲裁 申し立てへ 投資家69人 クレディ債で損害」、2023年6月10日、東京読売新聞
「欧州銀、利上げ追い風に最高益 金融不安で融資は慎重に」、2023年6月9日、日本経済新聞電子版

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。