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「財源確保法案」及び増税が政局の鍵に

国会は6月21日に会期末を迎える。政府が提出した61法案のうち残る8法案の中で、与野党が最も激しく対立しているのが、防衛費増額の財源確保に法的根拠を与える「財源確保法案」である。

新型コロナウイルス対策の使い残しや国有財産の売却収入といった税外収入を集めて複数年度の防衛費に充てる「防衛力強化資金」を新設することが、同法案の柱である。2027年度時点での防衛費増額分に必要な追加財源3.7兆円のうち0.9兆円前後がこの制度で賄われる。残る部分については、歳出改革や決算剰余金とあわせて2.6兆円、法人、所得、たばこの3税の増税で1兆円強分を確保する方針だ。所得増税については、「復興特別所得税」の一部が事実上転用される。

野党はこの増税策に強く反対している。「財源確保法案」には増税実施は含まれていないが、同法案が成立すれば、残された財源として増税による財源確保が既定路線となることから、野党は「財源確保法案」に反対しているのである。

「財源確保法案」が参院本会議で与党の賛成で可決の方向となった場合、立憲民主党は内閣不信任案を提出する可能性がある。それが、衆院解散のトリガーとなることも考えられる。「財源確保法案」及び増税が、政局の鍵を握る状況となってきたのである。

増税の実施時期を「2025年度以降」へと1年先送り

他方、増税策については、与党自民党内でも反対意見が根強く残っている。昨年12月の与党税制改正大綱には増税による財源確保の方針が盛り込まれたものの、与党内での強い反発を受けて、増税は「2024年度以降の適切な時期に実施」とし、2023年度に改めて議論するという問題先送りの決着となった。防衛費増額は2023年度から既に始まっており、財源確保に目途が立たないままでの見切り発車となったのである。

さらに政府は、増税の実施時期を「2024年以降」から「2025年度以降」へとさらに1年先送りすることを可能にする方針を固めたようだ。これは、今週末にも示される骨太方針に明記される方向だ。毎日新聞によると、以下のような記述が検討されているようだ。「25年以降のしかるべき時期とすることも可能となるよう税外収入の上積みやその他の追加収入を含めた取り組みの状況を踏まえ、柔軟に判断する」。

鈴木財務大臣は、増税の実施時期が1年先送りされても、その決定時期は今年年末で変わらない、としている。しかし、増税時期及び決定時期ともにさらに先送りされていき、増税の実施が最終的に見送られる可能性もあるのではないか。

増税先送りによって必要となる財源については、税外収入の上積みなどで補う考えだ。しかし、税外収入を他の予算項目から回す形で賄うことになれば、その分、赤字国債の発行が増える。赤字国債の発行増額ではない恒久財源で防衛費増額を賄う、とする政府の方針が看板倒れとなる。

「歳出拡大三兄弟」はいずれも支出先行

防衛費増額に加えて、少子化対策、グリーン・トランスフォーメーション(GX)投資は、岸田政権の政策の3本柱である。いずれも巨額の予算が計上されることから、「歳出拡大三兄弟」とも呼ばれる。防衛費増額と同様にGX投資についても、2023年度から歳出増加が始まっている。少子化対策についても、2024年度から歳出増加の見通しである。

しかし、GX投資については、つなぎ国債の発行で当面の財源が確保される。少子化対策についても同様となる可能性が高い。このつなぎ国債が、将来の財源によって確実に償還されるかどうかについては、不確実性があると考えられる。結局、部分的に赤字国債(借り換え債)で償還されることで、通常の赤字国債を発行するのと変わらなくなってしまうリスクがあるのではないか。

問われる支出先行型の政策手法

防衛費増額、少子化対策、GX投資のいずれについても、国民の関心は高く、政策自体には支持が集まりやすい。しかし、新たな負担につながる財源の議論になるとそれは紛糾してしまう。財源の確保を確実にさせて初めて、新たな政策として完結するものであるが、その部分を曖昧にしたまま見切り発車となってしまっているのである。

国民へのアピールを意識して政策の規模を先に打ち出すのではなく、財源確保の議論と同時に政策の中身と規模の議論を進め、最終的に最適の組み合わせを選択できるようなプロセスとすべきではなかったか。

増税実施の是非を最大の争点とする衆院解散となる場合、政府の目玉政策で支出を財源確保に先行させる政策の枠組み、あるいは政策手法の妥当性もあわせて国民に問われるべきではないか。

(参考資料)
「骨太の方針:防衛増税「25年以降」 骨太方針、先送り案明記へ」、2023年6月13日、毎日新聞
「国会最終盤、不信任案・解散巡り緊迫 野党、財源法案に反対へ 与党は会期延長論が浮上」、2023年6月13日、日本経済新聞

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。