「物価上昇率の下がり方がやや遅い」という感触を持っている
植田総裁にとって2回目となる6月16日の金融政策決定会合で、日本銀行は金融政策の維持を決めた。その後に開かれた総裁記者会見では、日本銀行の物価見通しについて、多くの質問が出された。
日本銀行は、今年度半ばにかけて、海外初のコストプッシュ要因が薄れていく中、物価上昇率が顕著に低下していき2%を下回る、との見通しを示している。他方で、物価上昇率の低下が、日本銀行が想定しているほどには順調に進まず、それがイールドカーブ・コントロール(YCC)の見直しを中心に、金融政策修正につながるのでは、との見方が根強くある。
植田総裁の説明では、海外要因の剥落で物価上昇率は一度大きく低下した後、再び実勢を反映して再浮上するとの見通しだ。その段階で、初めて物価上昇率の基調(実力)を判断することができるようになり、それが2%を超えるのであれば、金融政策は引き締め、正常化に向かい、そうでなければ、金融緩和を続ける、というのが現時点での日本銀行の考え方のようだ。
しかし、実際のところは、先行きの物価上昇率はこのようにダイナミックに動かない可能性があるように思われる。筆者は、物価上昇率は先行き低下傾向を辿るが、それは向こう数年という長い時間をかけるのではないかと思う。そして最終的な落ち着きどころは、0%台前半から半ばという2%の物価目標よりもかなり低い水準になると予想する。
植田総裁は、今年度半ばにかけて物価上昇率は顕著に低下していくとの見通しを維持する一方、「物価上昇率の下がり方がやや遅いという感触を持っている」とも述べており、日本銀行の物価見通しに相応のリスクがあることを認めている。
YCCの見直しは「ある程度サプライズとなることはやむをえない」
このように、物価の先行きに不確実性があるなか、予想を上回る物価上昇率の高止まりを受けて、日本銀行が早期にYCCの見直しを決めることを警戒する向きが、記者の間でも根強い。そのため、記者会見では、日本銀行の物価見通しと並んで、YCCの見直しの可能性についても多くの質問が出された。
植田総裁は、昨年12月にYCCの変動幅の拡大を決めた際には、市場機能の低下という副作用が表面化したことがきっかけだった、としたうえで、現状では、日本銀行のサーベイの結果などを見ても、その際と比べて問題は小さくなった、との認識を示している。
ただし、市場の期待インフレ率が上昇する、あるいは米国の長期金利が上昇し、日本の長期金利が上昇すれば、市場機能の問題が再び出てくる可能性を指摘している。
さらに総裁は、このような市場環境が決定会合の間に大きく変わる場合には、事前に市場に織り込ませることができないまま、YCCの見直しを決める可能性があるとし、「ある程度サプライズとなることはやむをえない」と説明した。
記者会見でのこうした物価見通しやYCC見直しについての議論を踏まえると、この先も、物価見通しの変化や金融市場環境の変化を受けて、日本銀行が比較的早期にYCCの見直しを行う可能性を金融市場は払拭できないだろう。そうした懸念をなお強く残す形の記者会見となった。
YCCの見直しはショート・ノーティスか
以下は、記者会見の議論から離れて、筆者の考えを述べてみたい。マイナス金利解除など、本格的な金融緩和の枠組み見直しに日本銀行が着手するのは、2024年後半以降になると考えられる。他方、大量の国債買い入れを強いられるなど問題点が際立つYCCの変動幅再拡大、変動幅撤廃といった見直しなどついては、今年後半に実施されると見ておきたい。
変動幅再拡大などは、黒田前体制の下でも段階的に実施されてきたものであり、日本銀行はその延長線上との説明をすることで、実施のハードルを下げることが可能だ。
植田総裁は、市場との対話を重視する考えを強調している。この点から、政策変更は、市場に十分に浸透させてから行うだろう。ただし、YCCの変動幅再拡大、変動幅撤廃の観測は長期金利の上昇を招き、日本銀行が指値オペなどで大量の国債買い入れを強いられる恐れがあることから、日本銀行は比較的ショート・ノーティスでの実施を余儀なくされるだろう。それでも、1週間や10日前などには、YCC見直しの可能性を市場に伝えるのではないか。決定会合や総裁記者会見以外でも、日本銀行は政策変更の可能性を事前に市場に伝える機会を多く持っている。
YCC見直しのタイミグを決めるのは米国の経済・金融政策か
YCCの変動幅再拡大、変動幅撤廃を実施する際には、金融市場を混乱させないことが最も重要、と日本銀行は考えるだろう。そのため、そうした見直しが、大幅な長期金利の上昇を招かないタイミング、さらに円高を加速させないタイミグを慎重に選ぶのではないか。そうした環境は、米国経済や米連邦準備制度理事会(FRB)の政策によって決まる側面が強い。
米国経済がなお安定を維持し、FRBの追加利上げ観測がある中で、米国長期金利は現在高止まりしている。こうしたもとで日本銀行がYCCの見直しを進めれば、日本の長期金利の上昇リスクは大きいだろう。
他方で、米国経済が失速し、FRBの利下げ観測が強まれば、為替市場では円高ドル安が進行する。そうした中で日本銀行がYCCの見直しを決めれば、長期金利は上昇しなくても円高を加速させてしまう恐れがある。
この両者の中間の状況で、長期金利の上昇、円高進行のリスクがともに抑えられている絶妙のタイミングを狙って、日本銀行はYCCの見直しを決めるのではないか。国内事情ではなく、米国の状況がYCCの見直しの時期を大きく決めるのである。
そしてその際には、ショート・ノーティスながらも事前に政策修正の可能性を、日本銀行は市場に伝えるだろう。
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