世界に例のない移行国債を発行へ
政府は6月27日にGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議を開き、脱炭素に向けた政府の投資資金を賄うために発行するGX経済移行債を、通常の国債やグリーンボンドではなく、トランジションボンド(移行債)とする方針を正式に示した。
日本国内では、脱炭素の実現に向けて企業によるトランジションボンド(移行社債)の発行が増えてきている。また。海外ではグリーンボンド国債の発行は多いが、移行国債の発行は世界にまだ前例がない。
政府は2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、官民合わせて今後10年間で150兆円規模の投資が必要、としている。そのうち政府が行う20兆円の投資の資金を賄うのが、この移行国債である。移行国債は、今年度から発行が始まり、10年間で20兆円規模発行される。将来の償還財源を決めて特別会計で発行される「つなぎ国債」である(コラム「 政府の脱炭素化政策とGX経済移行債の課題 」、2022年8月5日、「 短期国債依存が続く2023年度国債発行計画とGX経済移行債:日銀の政策調整が政府の資金調達コストを増加させる可能性 」、2022年12月26日、「 多くの課題を残したままGX移行債の具体的設計の議論が進む 」、2023年2月2日)。
経済への影響に配慮した支出先行型の枠組み
そして移行国債の将来の償還財源となるのは、「カーボンプライシング」を通じた政府の収入だ。それには2種類あり、第1が炭素に対する賦課金「化石燃料賦課金」の導入である。2028年度から、化石燃料の輸入事業者などに対して、輸入等での化石燃料由来のCO2排出量に応じた賦課金を徴収する。第2が排出量取引制度だ。2033年度から、発電事業者に対して一部有償でCO2排出枠を割り当てる。政府は、その量に応じて特定事業者負担金を徴収することになる。こうした枠組みは、今年5月に成立した「GX推進法」で定められた。
政府のGX投資は既に2023年度に始まっている。移行国債の発行も年度内に行われる見込みだ。他方、それを最終的に賄う償還財源の確保は、2028年度にならないと始まらない。経済への影響に配慮した、支出先行型の枠組みである。
企業のコスト増懸念に配慮し「カーボンプライシング」の本格採用を見送り
このようなGXの枠組みで、本当に2050年カーボンニュートラルが達成できるのか、という本質的な疑問が残される。カーボンニュートラルを確実に達成するためには、本来、「カーボンプライシング」で広範囲な企業への炭素税導入、あるいは排出量取引を整備した上での企業ごとの排出枠設定、などを行う必要があるだろう。しかし、少なくとも現時点ではそれらは見送られているのである。
上記の「化石燃料賦課金」や「有償排出枠の割り当て」はそれらに近いようにも見えるが、それは政府のGX投資20兆円分を賄う規模に過ぎず、対象となるのは企業全体のごく一部に留まっている。
政府は税制・規制を通じて企業のCO2排出量削減を強力に推進するのではなく、投資額に目標を定めて、カーボンニュートラルの達成を緩く目指す方針であるように見える。その方が、成長重視の姿勢をアピールでき、前向き感があるからだ。CO2排出量削減を進める一方、それを実現するために行う投資が新たな需要を生むことになる。経済を犠牲にせずに、CO2排出量削減を進める考えである。
そうした枠組みに落ち着いたのは、税制・規制を通じて企業のCO2排出量削減を強力に進めようとすれば、企業の負担が重くなり、経済成長の逆風となってしまう恐れがあるからだ。あるいはそうした企業の強い懸念に配慮したためだろう。
GX投資は企業のコストでもある
しかし、このような中途半端な枠組みでは、カーボンニュートラルの達成は見えてこないのではないか。例えば、政府による20兆円のGX投資が、具体的にどのように民間投資を引き出す呼び水の役割を果たし、官民合計で150兆円の投資を生むのか、その道筋が明確には見えてこない。さらに、総額150兆円の投資が仮に実現されるとしても、それが具体的にどの程度のCO2削減をもたらすのかについても明らかではない。総額150兆円の投資は、カーボンニュートラルの達成を保証するものではないのである。
CO2排出量削減に資するGX投資は、確かにその分、付加価値、GDPを押し上げる。しかし、その投資は、企業にとってはコストでもある。前向きの新規分野の投資であれば、それが収益の拡大につながることもあるだろうが、CO2排出量削減のための投資は、どちらかといえば後ろ向きのものであり、投資を行った企業の収益を直接拡大させ、成長を促す性格のものではないだろう。
それがコストであり企業収益を圧迫する場合、企業は他の設備投資を抑制することを余儀なくされる。そのため、GX投資の拡大分だけ、企業の設備投資が全体として増える訳ではない。
カーボンニュートラルの達成と経済成長の両立は簡単ではない
このように、カーボンニュートラルの達成と経済成長の両立は、政府が言うほど容易ではなく、どちらかを一定程度犠牲にせざるを得なくなる可能性が考えられる。そうした選択をいずれ迫られるのではないか。
GX戦略の基本方針は固まったが、そのもとでのカーボンニュートラル達成は見えてこない。海外での脱炭素政策の行方やCO2排出量削減の動きなどを睨みつつ、日本のGX戦略もこの先、この枠組みを大幅に見直す必要が出てくる可能性もあるだろう。
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