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ストレスシナリオのもとでも自己資本比率は規制水準を維持

米連邦準備制度理事会(FRB)は28日に、年1回の銀行に対するストレステストの結果を公表した。それによると厳しい経済環境のシナリオの下でも、対象となった大手23行はすべて十分な資本を維持でき、合格となった。ストレステストに合格しない銀行には配当やボーナスに制限がかかるが、今回は、それらは生じない。各行は30日から、株主還元策を発表することができる。

厳しい経済環境のストレスシナリオは、世界の深刻な景気後退と米国経済のマイナス成長、失業率の10%まで6.4%ポイントの大幅上昇、商業用不動産価格の40%下落、オフィス空室率の大幅上昇、住宅価格の38%下落、を前提としたものだ。

このケースでは、23行に5,410億ドルの損失が生じる。このうち1,000億ドル超は住宅・商業用不動産向け融資、1,200億ドルはクレジットカードから生じる。

5,410億ドルの損失により、CET1(普通株Tier1)比率は2022年第4四半期の12.4%から10.1%へと、2.3%ポイント低下する。それでも規制上求められる最低水準の4.5%の2倍を超える。

ストレステストの対象でない中堅・中小銀行が問題

バールFRB副議長は、「このストレステストの結果は、銀行システムが強靭であることを裏付けた」とした。しかし一方で、このストレステストが銀行システムの健全性を測る唯一の手段ではなく、今後も銀行システムの健全性を維持する努力を謙虚に続ける必要がある、とした。

今回のストレステストだけでは、米国の銀行全体の健全性を検証することはできない。主に問題を抱えているのは、このストレステストの対象となっていない、中堅・中小の銀行であるからだ。特に警戒されている商業用不動産向け融資については、今回ストレステストの対象となった大手23行は全体の2割程度でしかない。

システミックリスクについては、このストレステストである程度把握できるが、中堅・中小銀行の経営不振や破綻リスク、貸出抑制による経済への影響などについては分からないのである。

イエレン財務長官は合併を模索する銀行が年内に増えると予想

イエレン財務長官が議長を務める金融安定監督評議会(FSOC)の今月の会合では、商業用不動産向け融資を巡り銀行が直面するリスクが焦点となった。こうしたリスクは主に中小銀行が行うオフィスビル向けの融資に存在する。イエレン財務長官は、商業用不動産向け融資のデフォルト(債務不履行)による悪影響が、さらなる銀行破綻を招く可能性があると認めている。

またイエレン財務長官は6月23日に、合併を模索する銀行が年内に増える、との見方を示した。背景にあるのは収益環境の悪化である。3月の銀行破綻を受けて、経営に不安のある中小・中堅銀行から預金が大量に流出した。その預金の流出を抑えるために、中堅・中小銀行は、預金金利の大幅引き上げを進めている。それが収益を圧迫しているのである。

当面の注目は4-6月期銀行決算

収益の状況は、各行が7月に発表する4-6月期決算で浮き彫りになる。収益の悪化から中堅・中小銀行の経営不安が再燃し、再び預金流出や株価下落が顕著となる可能性もあるだろう。またイエレン財務長官が指摘するように、それらが銀行の買収につながる可能性も考えられる。

ただし、より深刻な事態、つまり中堅・中小銀行の破綻が再燃し、「銀行不安第2弾」が生じるきっかけとなるのは、米国経済の悪化、商業用不動産価格の大幅下落、低格付け企業の信用リスクの高まり、などである。それらが現実のものとなるのは、もう少し先だろう。

(参考資料)
"Janet Yellen Sees Bank Earnings Pressure, Mergers After March Crisis(米銀、合併進む公算大=イエレン氏)", Wall Street Journal, June 24, 2023

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。