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円安一服の背景に日本の長期国債利回りの上昇

10日の外国為替市場は、一時1ドル142円台前半と先週末の東京市場の144円台から大きくドル安・円高に振れた。6月末には一時1ドル145円台に乗せ、昨年9月に政府がドル売り円買いの為替介入を実施したいわゆる介入ポイントに近づいたが、再び円高方向に押し戻されている。為替介入のリスクは、当座のところは遠のいた。

先週末に公表された米国6月雇用統計では、雇用者増加数は事前予想を下回る一方、賃金上昇率は上振れたことから、7月の次回米連邦公開市場委員会(FOMC)で0.25%の追加利上げが再開される、との観測が強まった。それを受けて、米国10年国債利回りは4%台を固めた。これは、昨年10月に1ドル151円台までドル安円高が進んだ時期に近い水準である。

米国の長期国債利回りの上昇は、ドル高要因であるが、実際にはその中でドル安円高が進んだ背景には、リスク回避の円買いがあるだろう。米雇用統計では雇用の増加ペースは明確に鈍化しているが、その中で米連邦準備制度理事会(FRB)がインフレ率を一段と抑えるために追加利上げを実施することは、先行きの景気悪化のリスクを高めると、金融市場は考えている。

さらに、足元で、日本の10年国債利回りが上昇傾向を強めていることが、円高要因となっている面もあるだろう。利回りは先週半ばの0.38%台から、週明けには0.46%台と4月以来の水準にまで上昇している。

日本の10年国債利回りが上昇しているのは、まずは、米国での長期国債利回り上昇の影響によるものである。それに加えて、日本銀行が7月の次回金融政策決定会合で変動幅拡大などイールドカーブ・コントロール(YCC)の修正を実施する可能性を織り込んでいる面もあるだろう。

金融緩和の本格見直しよりも実施のハードルが低いYCCの修正

日本銀行は現時点で、YCCの修正に踏み切るサインを送っていないことから、市場のYCC修正観測は行き過ぎている面があると考える。ただし、日本銀行がYCCを修正するタイミングは、経済・物価動向よりも金融市場の環境に大きく左右される傾向が強いと考えられることから、いつ修正されても不思議ではない。

マイナス金利解除など、本格的な金融緩和枠組み修正は、2%の物価目標の早期達成が可能であるかどうかを日本銀行が見極めた後になると考えられる。その実施は、来年あるいは内外経済や為替動向によっては再来年以降となるだろう。

しかしYCCの修正は、政策修正に否定的な黒田前総裁の下で、昨年12月に既に実施されている。そのため、実施に向けたハードルは低いだろう。金融緩和の枠組みの本格的な見直しではなく、昨年12月の修正の延長線の柔軟化措置、との説明を行うことができるためだ。

日本銀行は、政策の見直しの中でYCCの修正が最優先、と考えているのではないか。それは金融緩和の枠組みの中で、最も副作用が顕在化しているためだ。10年国債利回りがYCCの変動幅の上限まで上昇すれば、日本銀行は指値オペや臨時オペを通じて、国債を大量に買い入れなければならなくなる。それは、国債市場の機能を低下させるとともに、日本銀行のバランスシートの肥大化、財政規律の低下などの弊害を生む。

先手を打つケースと追い込まれるケースの2つのシナリオ

日本銀行がYCCの変動幅拡大や変動幅撤廃などの修正については、大きく2つのシナリオが考えられる。

第1は、大量の国債買い入れを余儀なくされる前に、先手を打って実施するケースだ。その際には、金融市場の反応に十分に配慮しなければならない。

米国で追加利上げ観測が強く、米国の長期国債利回りが上昇する現状で日本銀行がYCCの修正に踏み切れば、日本の長期国債利回りの上昇リスクが高く、実際そうなれば、金融機関への財務の悪影響が生じる。

他方、将来、米国経済の悪化がより鮮明となり、米国で利下げ観測が浮上する中でYCCの修正に踏み切れば、今度は日本の長期国債利回りの上昇リスクは高くない一方、円高が進行するリスクが高まる。それは、日本経済に打撃となってしまう。

この点から、米国の経済や金融政策姿勢が両者の中間となり、長期国債利回りの上昇、円高進行の双方のリスクが大きくない絶妙のタイミングを狙って日本銀行はYCCの修正に踏み切ることが考えられる。

第2は、追い込まれ型ケースだ。米国の長期国債利回り上昇や日本銀行のYCC修正観測などを受けて日本の10年国債利回りが上昇、変動幅の上限に接近して、日本銀行が利回り上昇を抑制するために国債の大量買入れを強いられる局面でYCC修正を実施するケースである。市場に追い込まれる形で、その後の決定会合で日本銀行がYCCの修正を余儀なくされる。

現時点では7月見送りがメインシナリオも決定会合前週の報道に注意

先手を打つケース、追い込まれるケースのどちらのシナリオについても、金融市場の環境に大きく左右されるため、日本銀行が前倒しでYCC修正の可能性を金融市場に伝えることは難しい。

しかし、ショートノーティスとはなっても、政策修正を決める決定会合の直前には、金融市場にそれを織り込ませるだろう。植田総裁は、市場との対話を重視する姿勢であるからだ。

会合の直前であれば、総裁の記者会見や講演の機会を使って金融市場に政策修正の可能性を伝えることは難しくなる。そのため、決定会合の前週にメディアの報道を通じて政策修正の可能性を金融市場に伝えることが見込まれる。

7月の決定会合については、現状では第1のケースに基づいて日本銀行がYCCの修正に踏み切る可能性は低い。現状では、7月のYCC修正の可能性は高くないと言えるだろう。

しかし、日本国債利回りの上昇がさらに続けば、第2の追い込まれのケースで、日本銀行がYCCの修正実施を余儀なくされる可能性は残される。今後の日本国債利回りの動きと、決定会合前週の報道には十分な注意が必要だ。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。