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サービス価格の上昇ペースも鈍ってきた

7月12日に米労働省が発表した6月CPI(消費者物価指数)は、事前予想を下回る結果となった。実績値と事前予想とのずれは大幅ではなかったが、債券市場、為替市場は大きな反応を示した。CPI統計に金融市場が大きく反応する「CPIショック」が再燃したのである。

6月CPIは前月比+0.2%、食料・エネルギーを除くコアCPIも同じく+0.2%となった。それぞれ事前予想を0.1%ポイント程度下回った。総合CPIの前年比上昇率は+3.0%と12か月連続で低下し、2年3か月ぶりの低水準となった。6月の総合CPIでは、米国が日本を下回る「日米逆転」になったとみられる。また、6月のコアCPIは前年同月比+4.8%と、2021年末の水準にまで低下している。

6月は中古車価格が前月比-0.5%と下落した。食料・エネルギーを除く財コアは前月比-0.1%と、昨年12月以来の下落となった。財だけを見れば、米国はデフレ状態である。食料・エネルギーを除くサービスコアは前月比+0.3%となお上昇を続けているが、前月の同+0.4%からは上昇幅を縮小させている。2月の同+0.6%をピークに上昇ペースは鈍ってきている。高めの賃金上昇率の影響で、サービス価格の上昇率はなお高水準を維持してはいるものの、その動きも着実に鈍ってきている。

中長期のインフレ期待が安定していることが物価安定回復を助ける

米連邦準備制度理事会(FRB)の大幅利上げの影響から、米国では金融市場や家計の中長期のインフレ期待は、比較的低位に抑えられている。これが、先行きの物価上昇率の安定回復を後押しするだろう(コラム「 歴史的な物価高騰に終わりは見えてきたか 」、2023年7月6日)。

物価上昇率が高めであった1970年から1984年の物価高騰時には、主要国の消費者物価上昇率は、前年比でピークをつけてから平均3年程度で高騰前の水準にまで戻った。米国のCPIは、総合、コアともに昨年夏に前年比でピークをつけている。この点から、CPI上昇率が物価高騰前の水準を取り戻すまでには、まだ2年程度を要する可能性が考えられる。

しかし、緩やかではあっても物価上昇率は着実に低下傾向を辿り、早晩、FRBは2%の物価目標の回復への自信を深めていくことになるだろう。物価高騰の原因となったエネルギー価格上昇やサプライチェーンの混乱は既に終息している。また、FRBの大幅な利上げの影響で、中長期のインフレ期待は安定を維持しているなか、実質金利(名目金利-インフレ期待)の大幅上昇が景気減速傾向を生じさせていくことが見込まれる点を踏まえれば、この先、物価上昇率の低下傾向が揺らぐことはないだろう。

年内2回の追加利上げの見方が後退

6月CPI統計を受けて、米国金融市場は比較的大きく反応した。米国10年国債利回りは、前日の4.0%台から3.68%台に大きく下落した。ドル円レートも1ドル139円台から138円台へと下落している。

この統計を受けても、次回7月の米連邦公開市場委員会(FOMC)での0.25%の追加利上げが実施されるとの市場の見方は変わらない。しかし、FOMCが示している年内あと2回の追加利上げの実施については、金融市場の見方は揺らいできている。FF金先市場は、7月利上げが最後となる可能性を織り込んでいる。他方で、年内の利下げ観測が再浮上してきた様子は見られない。

日銀の市場に追い込まれる形でのYCC修正の可能性はやや低下

米国での10年国債利回りの低下を受けて、日本でも10年国債利回りはやや低下している。米国の長期国債利回り上昇に引きずられて日本の10年国債利回りが変動幅の上限であり+0.5%に接近し、日本銀行がその上限を守るために大幅な国債買い入れを強いられるリスクは遠のいた。

さらに、大幅な国債買い入れを回避するために、日本銀行が次回7月の金融政策決定会合で、イールドカーブ・コントロール(YCC)の変動幅再拡大などの修正に追い込まれる可能性も、現時点で考えれば低下したと言えるだろう。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。