AIが軍事的覇権を大きく左右
AI技術の巧拙が、軍事的覇権を大きく左右する時代となっている。AIはドローンや戦闘ロボットなど、最新の兵器で利用される。またAIの活用は、戦術、作戦の策定や指揮、統制の強化にも有効だ。
AI技術を生み出すのが民間企業である点は、米中共に同じだが、中国の場合には、政府がAI企業とより緊密な関係を築いている点が米国とは異なる。中国のグーグルとも呼ばれる「百度(バイドゥ)」が、中国ではこの分野で先頭を走っている。同社はネット検索に加えて、クルマの自動運転などの事業も展開してきたが、それも軍事的に利用されている可能性があるだろう。
2022年10月の第20回共産党大会で習近平主席は、米国に対抗して、AI開発とAIを最大活用した「知能化戦闘」の重要性を強調した。これは、2030年までにAIなどの民生技術を軍事利用する、いわゆる「軍民融合」である。
人民解放軍の研究者であるエルサ・カニアは、その論文「戦場のシンギュラリティ」の中で、中国政府はAIと無人機システム(無人のロボットやドローンなど)を合体させる「AIによる軍事革命」を実現しようとしている、と指摘する。
現時点では、AI技術においては、米国が中国を上回っているとみられる。エンタープライズ向けのAIソリューション開発支援を行うZeta Alphaによると(2023年3月)、2022年に最も引用されたAIに関する100本の論文リストのうち、米国は68本で世界第1位、中国は27本で第2位だった。ただし、前年との比較では米国が7本減少、中国が4本増加であり、両国の差は縮小してきているようにも見える。
また、中国最大のベンチャー・ITメディアの「36Kr」によると、2012年~2022年9月のAI分野の論文発表数の中で、特にハイレベルなものについては、中国の割合は2012年の20.4%から2021年には50.7%に高まった。さらに、AI分野での中国の特許数については、この期間の累計で25万件と、世界全体の60%を占めているという。
生成AIには米中双方の体制を揺るがしかねない問題も
AI技術の発展で中国が優位であるのは、国内での膨大なデータを活用し、AIを学習させることができる点だ。欧米では、個人のプライバシー保護の観点からデータ利用に制限があるが、中国ではその制約が少ない。
また、欧米では各民間企業が収集するデータを共有することは一般的でないが、中国では国が企業のデータを集約し、国中の膨大なデータを活用することができる。
そうした中国にとって最大の弱点となるのは、AIに欠かせない先端半導体を自国では製造できない、というハード面での制約だ。その弱点を突いて、米国は中国向けの先端半導体、および先端半導体の製造装置の対中輸出規制を、日本、オランダと連携して強化したのである。これは中国のAI技術の発展にとって、少なくとも当面のところは大きな打撃となるだろう。しかし、中国もいずれは、先端半導体を自国で製造できるだろう。
またAI技術は幾何級数的なスピードで技術革新が起こり得るものであり、いったん他国と差がつけば、その差が一気に広がりかねない。そのため、米国は中国との競争で今後も警戒を緩めることはないだろう。
現在急成長を遂げている、文章や画像を作り出す生成AIの分野でも、米中の対立は今後激しさを増すことになるだろう。この分野では、マイクロソフトによるオープンAIとグーグルの米2社、中国の百度の計3社が、プラットフォーマーとして世界の覇権を獲得しつつある状況だ。
この生成AIは、直接軍事に利用される余地は大きくないかもしれない。しかし、SNSなどを通じて偽情報を相手国に流すことなどで、政治的な混乱や世論の誘導を図るといった「情報戦」に活用されていく余地は十分にある。この点から、米中両国ともに、生成AIの覇権争いを今後も繰り広げていくだろう。
ただし、生成AIについては、両国ともに頭の痛い問題を抱えている。中国政府は、これが体制批判に利用されることを強く警戒している。中国政府は4月に、生成AIの国内でのサービス提供に当たって守るべき点や罰則を定めた初めての規制案を公表した。情報の検閲・統制を通じて社会主義体制の維持を図るのが狙いだ。
他方、米国など民主主義国家も、生成AIによる個人情報の漏洩、プライバシーの侵害に警戒を続けている。中国と同様に生成AIを用いた偽のテキストや画像などが世論操作に用いられ、民主主義の根幹である選挙に影響を与えることも強く警戒されている。
米中はともに自国の体制の優位を競い、経済と安全保障の双方の観点から、AI分野で激しい競争を繰り広げている。しかしそうしたAI技術の発展が、それぞれの体制を揺るがしかねないというリスクも同時に意識しながら、手探りで開発競争を進めている、というのが実情だろう。
(参考資料)
「「人治」不信の国民性 警戒 中国 体制維持へAI規制」、2023年4月28日、東京読売新聞
「中国AI市場規模、22年は18%増の約10兆円 世界特許件数の6割を占める」、2023年2月17日、36KrJapan
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