AIが金融市場のボラティリティを高めるリスク
AIの急速な発展は、金融市場や金融監督にも大きな影響を与え始めている。米証券取引委員会(SEC)のゲンスラー委員長は17日の講演で、AIの急速な普及が金融危機の引き金になるなど、金融システムの安定を損ないかねず、それを回避するには、各国・地域政府が規制の抜本的見直しを迫られる可能性が高い、とした。さらに、新たなルールが必要となるかどうかについて、SEC内で検討していると語っている。
ゲンスラー委員長は、投資家がAIの指図に基づいて資産運用をする場合、それぞれのAIが共通したモデルを利用している結果、AIが多くの投資家に同じ投資行動を指示し、その結果、金融市場が一方向に大きく振れることを警戒している。
そのため、仮に金融市場で利用されるAIを大手ハイテク企業が独占すれば、金融市場のボラティリティが増幅され、将来的に「金融危機」を引き起こす可能性がある、と語っている。
多様な考え、判断を持つ多数の投資家が市場参加者となることが市場に厚みと流動性をもたらし、ボラティリティの低下をもたらしている。しかし、仮にAIによって投資判断が画一化されていけば、確かに市場のボラティリティは増幅されかねない。
そうしたリスクもAI技術によって乗り越えることが可能であるかもしれないが、そのためには、AIの決定に、ユーザの利益を最大化するという目的以外に、市場の安定を確保し、投資家全体の利益を守るという目的を新たに加える必要がある。それには、規制、ルールの制定が必要になるだろう。
利益相反の問題とフェイクニュースへの対応
同様に、AIがユーザの利益を追求することで生じる他の問題点についても、ゲンスラー委員長は指摘する。ゲンスラー委員長は、「証券会社や金融アドバイザーが投資家の利益よりも自らの利益を優先するようにAIを最適化している限り、争いが生じる可能性がある」と警鐘を鳴らす。いわゆる、利益相反の問題である。AIの利用で、顧客の利益を最優先するように、新たなルール案の策定をSECのスタッフに指示したことをゲンスラー委員長は明らかにしている。SECは、AIに関する利益相反の取り締まりに向けた提案を今年10月にも公表する可能性がある。
さらにゲンスラー委員長は、AIが金融詐欺や投資家の誘導に使われないか、SECは目を光らせると述べている。そのなかには、生成AIによるフェイクニュースもある。実際5月に、ペンタゴン(米国防総省)で爆発があったことを示す偽画像がSNSに流れ、株価の下落をもたらしたという事例が起こっている。その偽画像は、生成AIによって作られたものと考えられている。
またゲンスラー委員長は、AI生成テキストによる自身の偽の辞任情報がインターネット上で流れたことも明らかにした。「多くのAIシステムはバイアスとフェイクに満ちており、プライバシー権を侵害し、利益相反の問題を抱えている」とゲンスラー委員長は語っている。
他方、ゲンスラー委員長はAIに対して否定的な訳ではなく、「AIは、医療、科学、金融など、人類にとって驚くべき機会をもたらす。経済全体で大きな効率化を生み出すことができる」、「我々の時代の最も変革的な技術であり、自動車の大量生産やインターネットに匹敵すると信じている」と高く評価している。
ただし、そうしたAIが金融市場の安定や投資家保護の観点から問題を生じさせるリスクは、日々高まっているように見える。AI技術の向上が人類の幸福を高める方向に働くよう、金融市場の番人である金融当局も、AI利用に関わる新たなルールの作成を早急に進める必要に迫られている。
(参考資料)
「AIは金融安定のリスク、抜本的規制改革迫られる恐れ-SEC委員長」、2023年7月18日、ブルームバーグ
「米SEC、証券会社向けに新たなAIルールを検討-10月にも提案か」、2023年6月14日、ブルームバーグ
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