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規制強化で米銀はさらに貸出抑制に動く

今春の中堅米銀の破綻などを契機に、米国の金融当局は米銀の資本規制の強化策を検討してきたが、米連邦準備制度理事会(FRB)、連邦預金保険公社(FDIC)、通貨監督庁(FCC)が7月27日に新たな規制案を発表する予定、とブルームバーグが報じている。そこでの最大の注目は、大手金融機関の住宅ローンに関して、国際基準であるバーゼルⅢを上回るリスクウエイトが新たに盛り込まれ、その結果、銀行が大幅な資本積み増しを求められることだ。

米国では現在、第一抵当がついた住宅ローンの多くに50%のリスクウエイトが割り当てられている。規制当局は大手銀行を対象に、LTV(Loan to Value:不動産評価額に対する借入金の比率)に応じて40~90%のリスクウエイトを適用することを検討しているという。

こうした規制強化によって、大手銀行は自己資本比率を平均で20%引き上げることが求められる模様だ。

FRBが6月28日に公表した大手23行のストレステストの結果では、厳しいシナリオの下では5,410億ドル(約78兆円)の損失が生じうると試算された。しかしそれでも、全行が規制上必要な自己資本の水準を維持できる結果となったのである。この点から、さらなる資本増強を求められることに、大手行は強い反発を示すだろう。

自己資本比率の引き上げを求められれば、銀行は資本増強のために増資を検討するだろう。株式発行が増加すれば、銀行株の下落につながる。また、銀行リスクアセット比率が引き上げられる住宅ローンやその他貸出などのリスクアセットを抑制することで、自己資本比率の引き上げに動くことを強いられる。その結果、貸し渋りから経済にも相応に悪影響を生じさせる可能性がある点に留意しておきたい。

銀行システムの安定性を高めることに貢献するのか

米金融当局が資本規制の強化案を示す狙いは、3点あると考えられる。第1は、今春の中堅米銀の破綻を受けて、米国の銀行システムの頑健性を高めることだ。第2は、バーゼルⅢの適用を銀行に促すことだ。米国ではコロナ禍などの影響でバーゼルⅢ最終適用が遅れている。そこで、住宅ローンについては、バーゼルⅢよりも厳しい要件を大手行に求め、バーゼルⅢ最終適用を促す狙いがあるだろう。第3は、大手行に対して競争力で劣る中堅・中小の銀行を支援し、両者の競争条件を揃えることだ。大手行にのみ、住宅ローンのリスクウエイトの引き上げという負担を求めれば、中堅・中小銀行がその分野で大手行と対等に競争できるとの考えが規制強化案にはある。

ただしこのうち第1と第3の目的には、矛盾が生じていると思われる。今春に明らかになったのは、中堅・中小銀行の経営の脆弱性である。しかし、今回の規制案は、より経営が安定している大手行にさらなる資本の積み増しを求めるものだ。銀行危機防止の観点からは、本来、中堅・中小銀行への規制強化が必要なはずだ。

また、銀行破綻の経験を踏まえるのであれば、銀行勘定での債券含み損を中堅・中小銀行についても自己資本に反映させる措置、銀行勘定で持つ債券に応じて、自己資本の積み増しを求める「銀行勘定金利リスクの資本賦課」の導入、流動性規制の強化、などが検討されるべきところだ。また、金融市場や金融システムの安定の観点からは、高リスク資産を保有するノンバンクの規制強化も必要だ。

こうした規制の強化についても、今後段階的に示されるのかもしれないが、なぜ、大手行の住宅ローンのリスクウエイト引き上げを最優先で行うのか、疑問が残るところだ。

(参考資料)
"US Banks Face Stiffer Mortgage Capital Rule Than Global Standard(米大手銀、世界標準バーゼル3より厳しい住宅ローン資本規制に直面)", Bloomberg, July 18, 2023

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。