&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

格付大手のフィッチは、米国債の格付けを最上位の「AAA」から「AA+」へと1ランク引き下げた。米国債の格下げは、2011年8月にS&P社が実施して以来12年ぶりのこととなる。

フィッチは今年5月に、米連邦政府の債務上限問題の紛糾を受けて、米国債の格付けを引き下げる方向で見直す、と発表していた。この時点である程度予見されていたこともあり、また、S&Pの格下げに追随する動きでもあったことから、今のところは若干のドル安以外、金融市場の反応は限られている。

しかし、世界で最も規模が大きく流動性が高い安全資産であり、世界の金利のベースともなる米国債の格付けが引き下げられたことの意味は大きく、米国資産全体の信頼性低下につながるリスクがある。仮にこれをきっかけに、ドル安が進めば、日本市場では円高・株安傾向が強まり、経済への悪影響も生じ得るだろう。

フィッチは格下げの理由として、「財政、債務問題を含め、過去20年間にわたりガバナンスが悪化している。度重なる債務上限問題の政治的行き詰まりと土壇場での解決は、財政管理への信頼を損なった」、「高齢化に伴う社会保障費の増加など中期的課題への取り組みが限定的」などと説明している。5月に高まった債務上限引き上げ問題での政治混乱と中期的な財政悪化の2つの要因が、格下げの理由ということだろう。

債務上限問題で米政権と野党が対立した2011年に、米政府のデフォルト回避からわずか3日後にS&Pは米国の格付けを引き下げた。今回も、6月に債務上限問題が解決された直後にフィッチが格下げを発表するとの観測が燻ぶっていたが、実際にはかなり遅れて格下げが実施された。

米国では、2020年のコロナショック以降に実施された財政拡張策が、昨年来の歴史的物価高騰につながった、との指摘がある。しかし中国への対抗や気候変動への対抗、低所得者支援などを強く意識するバイデン政権は、十分な財政健全化策を講じてこなかった。そのもとで、連邦財政赤字のGDP比率は、2022年の3.7%から2025年には6.9%まで増加する、とフィッチは見込んでいるのだ。

こうしたもと、物価高対策は、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げに強く依存する形となった。しかしそれは、金融市場そして経済にも過大なストレスをかけることになる。この点から、バイデン政権は経済、金融の安定の観点からも、より財政緊縮策を進めることが求められるところだ。

債務上限を巡る米国での政治混乱が、世界の金融市場を揺るがしてきた問題を問うという点に加え、バイデン政権に財政緊縮を促すという点からも、今回のフィッチの米国債格下げは評価できる面があるだろう。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。