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日本の不動産市場のリスクが相対的に低い3つの理由

海外の投資家が、日本の不動産投資を積極化させている。5月から6月にかけて、日本株が独歩高となった際には、米国の景気後退などで米国株の下落リスクが高まる中、リスク回避で日本株が買われた面があるとされた。それと同様に、大幅な利上げのもとで欧米、あるいは中国で不動産価格の下落リスクが高まる中、日本は不動産投資のリスク回避先、との見方が強まっているのだろう。

実際、そのような見方は正しいのではないか。足もとで高まるリフレ観測は行き過ぎた面があり、そうした期待が剥落する中、日本の不動産価格にもいずれ下落するリスクがあるだろう。しかしそのリスクは、大幅な利上げが行われている欧米や既に不動産価格の大幅下落が進んでいる中国などと比べて小さい可能性が高い。

日本の不動産市場のリスクが相対的に低い理由は、以下の3点だ。過去数年、多くの国で不動産価格が大幅に上昇したのは、2020年のコロナショックを受けて、各国が大幅な金融緩和に踏み切ったことの影響が大きい。しかし日本では、従来からの異例の金融緩和は継続されたが、追加策は講じられなかった。このため、大幅な不動産価格の上昇は生じなかったのである。

第2に、2022年に物価の高騰が始まると、多くの国では急速な金融引き締めが実施された。これが不動産価格の調整につながっている。しかし日本では、日本銀行が異例の金融緩和を維持していることから、金利上昇による不動産価格の下落リスクは小さい。

第3に、日本では相対的にテレワーク率が低く、出社割合が高いことが、オフィス需要と価格を支えている。東京都によると、最新の今年6月時点でのテレワーク率は44.0%とピークの2021年5月の64.8%から低下している。出社率は56%程度である。

2022年時点での野村総合研究所の調査(「2022年の日米欧のテレワーク状況と将来展望」)によると、日本のテレワーク対象者は29.7%、テレワーク実施者は19%と、米国及び英国のそれぞれ約60%、約50%と比べて格段に低く、8か国中最低だった。日本の相対的なテレワーク率の低さ、裏返せば出社率の高さは今でも変わらないだろう。それが不動産需給と価格の下落リスクを相対的に小さくしている。

海外投資拡大でリスク回避の円高圧力にも

事業用不動産サービス最大手のCBREによると、オフィスの空室率は主要都市で急上昇しており、今年4-6月期にはニューヨーク・マンハッタンで16%、サンフランシスコで32%に達したという。それに対して、東京中心部のビジネス街のオフィス空室率は、6%前後で落ち着いている。

ウォールストリート・ジャーナル紙によると、このように調整リスクが相対的に小さい日本の不動産投資を、米不動産投資会社ラサール・インベストメント・マネジメントや英資産運用会社M&G、シンガポールの複合企業ケッペル・コーポレーションなどの外国勢が拡大しているという。

海外の投資家にとっては、昨年来円安が進んだことで、日本の不動産の割安感が高まったことも、日本の不動産への投資を拡大させる誘因となっている。こうした背景のもとで、海外資金が日本の不動産市場に流れ込んでいることも、市場調整リスクを減じている面がある。

日本の経済の潜在力が高まっている証拠はなく、また金利低下の余地がない中で、日本の不動産価格が大きく上昇することはないだろう。しかし、世界中で不動産価格の調整リスクが高まっている中で、日本の相対的なリスクの小ささは際立っている。その結果、海外からの不動産投資は今後も増え、規模が大きくなれば、それが円高圧力につながる可能性もあるだろう。リスク回避の円高の一つの側面である。

(参考資料)
"Real-Estate Investors Flee the U.S. for a Land of Fuller Offices(日本のオフィスビル、海外不動産投資家に人気)", Wall Street Journal, July 27, 2023

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。