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米国債の格下げの影響は主にグローバルな株価下落に

3日の国債市場で10年国債利回りは0.65%まで上昇した。これを受けて日本銀行は、合計4,000億円の臨時国債買いオペを通知し、利回り上昇をけん制した。

10年国債利回りは、先週金曜日の日本銀行によるイールドカーブ・コントロール(YCC)の柔軟化実施後、上昇基調を辿っているが、3日に利回り上昇傾向がやや強まったのは、米国の10年国債利回りが4.07%程度から4.12%程度にまで上昇したことが一つのきっかけだ。

3日にフィッチが米国債の格下げを実施したが、それによる米国債利回り上昇の影響は小さかったのではないか。米国債の格下げは、その信用リスクを高めて、利回りを押し上げる要因にはなり得るが、他方、米国債の格下げは、米国の金融資産全体のリスクを高め、市場のリスク回避傾向を強める。その際、リスク回避の受け皿となるのが、震源地である米国債だ。

2011年にS&P社が米国債を格下げした際には、株価はグローバルに大幅に下落したが、国債はむしろ買われた。これもリスク回避の動きを反映したものだ。他方、米国債の格下げによって米国の金融資産全体のリスクは高まったが、グローバルなリスク回避の傾向が強まり、米国債への海外からの資金の流入が促された面もあった。そのため、結果的にドルは大きく動かなかった。

格下げによって米国債が大きく売り込まれる状況になれば、世界の金融市場で安全資産の代表格である米国債の地位が大きく揺らいでいることの表れとなり、それは深刻な事態ではあるが、そうはならなかったのである。今回も、明確な影響が見られたのは米国そして世界的な株安にとどまった。

それでも米国債利回りが多少上昇し、日本銀行の臨時国債買い入れオペに繋がったのは、格下げの影響よりも、米国の経済指標を受けた利上げ懸念の高まりや、予想を上回る7-9月期の国債発行による需給悪化の影響の方が大きかったとみられる。

日本銀行のオペはスムージングオペ

日本銀行が今週月曜日に、10年国債利回りが0.6%を超えた水準で臨時買いオペを通知し、本日は0.65%を超えた水準で再び臨時国債買いオペを通知した。しかし、これらの水準が、日本銀行が許容できる上限を明確に意味している訳ではないだろう。柔軟化措置の実施後には、国債市場は不安定になりやすい。しばらくは、利回りの上昇を臨時国債買いオペで抑えることは、日本銀行にとって当初からの想定通りだろう。

市場が日本銀行の新たな事実上の利回り許容上限を試す動きに出ることは十分に予想していただろうが、それを明確に示すことは日本銀行は控えるだろう。日本銀行が上限を示せば、それが市場の攻撃対象となり、市場の混乱が強まってしまうためだ。そこで、利回りの上昇が目立つ局面では、日本銀行は今後も臨時国債買いオペを実施するだろうが、明確な上限のイメージは出さないように工夫するのではないか。為替介入でいえば、特定の水準を維持する介入ではなく、市場の大きな振れを抑えるスムージングオペだ。

日本銀行の追加措置は当面はなく為替は米国側の要因で動く

それでも、当面は、変動幅の上限の0.5%と事実上の上限の1.0%の中間である、0.7%~0.75%程度が、概ね、日本銀行が許容できる上限となるのではないか。この水準まで利回りが上昇すれば、日本銀行は裁量的な指値オペを実施し、利回り上昇をより強くけん制する可能性がある。

ただし、日本銀行が市場メカニズムを尊重し、従来よりも国債利回りの変動を認める方針に転じたことは疑いがない。そのもとでは、米国の長期国債利回りの変動に合わせて日本の長期国債利回りが変動する傾向が強まり、一方的な金利差の拡大は起きにくくなる。これは為替市場のボラティリティを下げることになるだろう。

YCCの柔軟化措置以降、為替市場では円安傾向が強まっているが、これは政策の見直しに伴う短期的な混乱の範囲内なのではないか。10年国債利回りが1.0%の上限に達することがなければ、日本銀行が追加のYCCの柔軟化を実施する必要はない。次の見直しはYCCの廃止になることが見込まれるが、その時期は早くて来年後半ではないか。

日本銀行の本格的な政策修正の可能性が当面は限られる中、ドル円レートを動かす要因は、主に米国にあるだろう。米国経済が堅調を維持し、利下げ観測が強まらない場合には、ドル円レートは現状近辺ないしはやや円安ドル高に振れる余地があるだろう。

他方で、米国経済に減速観測が広まれば、年末までに1ドル130円程度まで円の巻き戻しが生じる可能性があると考えられる。現時点では後者をメインシナリオとしておきたい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。