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世界経済の逆風と中国経済の成長鈍化

世界経済は過去数年にわたって、新型コロナウイルス問題、ウクライナ戦争と歴史的大イベントに翻弄され、大きな打撃を受けてきた。足もとの世界経済は、ようやくそれらの直接的な影響から脱しつつある。他方で、それらがもたらした後遺症とも言える物価高騰の問題は、多くの国でなお続いている。

物価高騰への対応として各国が進める大幅な金融引き締め策は、インフレリスクを抑え込むことに成功するとしても、その副作用として、経済を悪化させてしまう可能性は否定できない。いわゆるオーバーキルである。その場合、金利急騰で既に債券含み損の拡大などの打撃を受けている欧米の金融機関は、景気悪化による不良債権の拡大という新たな打撃に見舞われる。金融市場でも、米国を中心に商業用不動産の下落や低格付け企業の信用リスク上昇が、関連する金融商品の価格下落につながりやすい。こうして、金融の問題を伴う形で、世界経済はこの先大きく下振れるリスクがあるのではないか。

さらに心配なのは、中国経済の動向だ。昨年末のゼロコロナ政策の撤廃を受けて、中国経済は急回復が期待されたが、回復は短期間で終わり、足元では失速感が強まっている。大規模な都市封鎖(ロックダウン)を行ったことの後遺症が長引いていることに加え、以前から続く不動産不況の影響が、個人消費や地方政府の活動に影を落としている。

より長期の視点では、人口減少が成長の制約となっており、1970年代終わり頃から約30年間、10%程度の高成長を続けてきた中国の成長率のトレンドは、今やその半分あるいは半分以下まで急速に低下してきている。

市場分断化が世界経済の中期見通しをより悪化させる

このような環境のもとで生じているのが、半導体、AI分野を中心とする米中の対立だ。トランプ前政権が関税引き上げを武器に中国に貿易戦争を仕掛けていた2010年代末と比べても、中国経済の苦境、世界経済の脆弱さはより深刻な状況である。

米国は、中国への経済的な戦略は、対象を絞り、安全保障上の脅威のみを取り除くデリスキングであり、全面的に経済関係を見直すデカップリングではない、と説明している。しかしこれは、対中強硬姿勢に距離を置こうとする欧州諸国に配慮した説明なのではないか。実際には、安全保障上の脅威を取り除くことに留まらず、米国政府の中国に対する輸出規制、投資規制は拡大する方向を見せている。バイデン政権は、安全保障上の脅威という観点だけでなく、中国に流れた米国企業の投資や、中国からの幅広い製品の流入が、米国の中間層の雇用、所得環境を損ねてしまったことを問題視しているのである。

この点から、バイデン政権の対中政策は、デリスキングに留まらず、今後、デカップリングの傾向を強めていく可能性を秘めている。実際そうなれば、ウクライナ戦争で表面化した、世界市場の分断化の傾向が、加速してしまうだろう。

世界市場の分断化は、世界の分業体制が進むことで生産効率と所得を高める自由貿易の推進に逆行するものであり、世界経済の成長率の低下など、大きな経済的損失をもたらす。

国際通貨基金(IMF)は、向こう5年の世界の成長率は3%程度に留まるとの見通しを示した。中期的な見通しとしては1990年以降で最も低く、過去20年間の平均成長率+3.8%を大きく下回るものだ。物価高騰、大幅金融引き締めの影響が大きいとみられる。

日本の役割は

中国経済の苦境を好機ととらえ、米国が中国への投資、輸出規制措置を一段と拡大させていけば、中国経済の失速リスクはさらに高まるだろう。それは中国あるいはアジア地域のみならず、世界全体にとっての甚大な経済損失となる。

米中両国と経済関係が密接でありかつ自由貿易のリーダーを自認する日本は、2つの大国の決定的な対決を回避するため仲介に動くのに、最も適任と言えるだろう。バイデン政権の対中政策が、デリスキングからデカップリングへと進んでいかないよう、しっかりと目を光らせ、必要に応じて米国の動きに歯止めをかけることが、日本に期待されるのではないか。それは、中国を中心にアジア地域と強い経済的関係を持つ日本の国益にもかなうものだ。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。