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商業用不動産市場の悪化リスクも格下げの一因

米国格付大手のムーディーズは8日に、中小の米銀10行の格付けを1段階引き下げた。さらに、大手地銀を含む6行について格下げの方向で見直しを進めた。格下げしたのは、資産規模で全米36位のウェブスター・ファイナンシャルなど中小地方銀行だ。一方、格下げを検討する銀行には、バンク・オブ・ニューヨーク・メロンやUSバンコープなどの大手も含まれている。

米国では先週、格付会社のフィッチが米国債の格下げを行い、財政環境の悪化や財政規律のガバナンスなどの問題点を浮かび上がらせた。今回の銀行の格下げは、米国銀行システムの脆弱性を浮かび上がらせることになり、ともに米国が抱える弱点を改めて思い起こさせるものとなった。

長期金利の大幅上昇を引き金に、3月には中堅銀行の破綻が相次いだが、預金流出や財務悪化の懸念が依然続いていることに加えて、空室率の高い商業用不動産への融資をムーディーズはリスク要因として指摘している。

ムーディーズは、金利上昇が続く中、資金調達コストが上昇することで銀行の収益が圧迫されるとともに、保有する債券での含み損が膨らんでいることを指摘している。またこれらの環境は、特に金融当局による自己資本規制が緩い中小銀にとっては、財務基盤を一段と弱体化するリスクが高い、と警告した。

さらに、在宅勤務の増加や景気減速に伴うオフィス需要の低迷を背景に商業用不動産の市況が悪化していることにも言及し、この部門への融資の割合が多い中小銀行の業績悪化リスクを指摘した。

米国の中堅・中小銀行の経営不安はなお燻ぶる

ムーディーズが格下げの理由として挙げたこうした点は、3月に銀行破綻が生じた際には既に明らかになっていた。このタイミングで格下げを決めた背景には、4-6月期の決算で、銀行破綻時の影響を含めて米銀の財務環境、収益環境の厳しさを確認したことがあったのではないか。決算では、大手行の良好な収益環境が際立つ一方、中堅・中小銀行については、預金流出に歯止めをかけるための預金金利引き上げによる調達コスト上昇や長短金利の逆転が、より収益を圧迫している姿が確認されたという面もあるだろう。

実際ムーディーズは、「大幅な金融引き締めの下での逆イールドによって、著しく資金調達コストが拡大して収益が圧迫されていることを4~6月期の米銀決算が示した」と説明している。

他方で、格下げが銀行破綻の引き金となってしまうことを避けるために、事態がやや落ち着いた現時点で、ムーディーズが格下げを決めた可能性もあるかもしれない。

現時点で銀行破綻は収まっているが、それでも米国の中堅・中小銀行の経営不安はなお燻ぶっており、再び破綻や救済買収が相次ぐ事態も考えられるのではないか。3月の銀行破綻時には、長期金利の急上昇がそのきっかけとなったが、次は、米国経済の悪化と商業用不動産市場の調整による貸出資産の不良債権化が、中堅・中小米銀の経営不安が高まるきっかけになるだろう。

現時点では双方ともまだ深刻とはなっていないが、この先数年間は、そうしたリスクが残ると考えられる。

80年代のS&L危機のように「静かなる危機」が進行するリスク

米国では、80年代を通じて銀行破綻、銀行危機が生じた。それは、S&L(貯蓄貸付組合)危機と呼ばれている。これが、レーガン政権の下での双子の赤字問題の深刻化による実質金利の高止まりと相まって、80年代を通じた経済の低迷へとつながっていった。経済、金融ともに比較的緩やかながらも長く続く、「静かなる危機」が進行していったのである。

現在も、経営に問題を抱えているのが中小・中堅の金融機関であるという点で、80年代のS&L危機時と似ている。大手銀行の経営が安定を維持する中、米国経済が中期的に直面するのは、80年代のS&L危機と似たタイプの危機なのではないか。経済、金融ともに、急激に悪化することは回避される一方、低迷が長期化しやすい「静かなる危機」となる可能性が考えられるところだ。

(参考資料)
「ムーディーズ、アメリカ中小銀行10行を格下げ 預金流出などの懸念」、2023年8月9日、毎日新聞速報ニュース
「NY株ハイライト 米地銀格下げで金融に売り、相場上昇阻む」、2023年8月9日、日経速報ニュース

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。