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米国の対中規制は「モノ」から「カネ」に拡大

米バイデン政権は8月9日に、従来から検討してきた対中投資規制の大統領令を発表した。米国の資金が中国の軍事力強化に利用されることを避けるための措置だ。同政権は昨年10月に先端半導体技術の輸出規制を強化しているが、今回の投資規制によって輸出規制を資金面から補完することを目指す。

バイデン大統領は、対象となる「米国に安全保障上の脅威を与える懸念国・地域」として中国本土とともに香港とマカオを指定した。業界から複数回意見を聴取した後、来年に発効となる見込みだ。

投資規制は、半導体と人工知能(AI)、量子技術の3分野が対象となり、特定取引の禁止や、政府への届け出を義務づける。投資主体としては、M&A、プライベートエクイティ、ベンチャーキャピタル、合弁事業。工場などを一から立ち上げる「グリーンフィールド投資」などによる中国への新規投資が対象となる。

一部報道によると、規制は、量子コンピューターやAIなどの先端技術分野から少なくとも半分以上の売り上げを得ている中国の新興企業に事実上絞られるという。例えば、アリババやテンセントはAI関連事業を手掛けているが、他事業が売り上げの大半を占めているため、投資規制の対象とはならないとみられる。規制対象を絞ることで、米国投資家への影響が甚大になることを避けている。

米国は、中国に対する先端半導体製造装置の輸出規制を日本とオランダにも同調させたが、今回の投資規制についても、G7(主要7か国)など他国にも同様の措置を講じるよう呼び掛ける方向だ。既に欧州連合(EU)は対中国を念頭に、先端技術に関する域内企業の対外投資規制を検討中である。日本も判断が迫られることになる。

米国は投資規制を米国の安全保障上の脅威を取り除く「デリスキング」の範囲内と説明しているが、比較的、先端ではない分野でも届け出が義務付けられることから、「デリスキング」よりも広範囲な対中規制である「デカップリング」の側面もある。さらに他国も巻き込むことになる。

中国の報復措置は?

今回の米国の投資規制に対して、中国政府は強く反発している。何らかの報復措置を取る可能性は高く、米中間で報復の応酬となる。ただし、米国と同様の措置で報復する可能性は低そうだ。中国のハイテク企業が米国の対中投資に依存しているほどには、米ハイテク企業は中国からの投資に依存していないためであり、同様の措置を講じても米国への打撃は限られる。

また、中国経済が厳しさを増す中、経済へのさらなる逆風となりかねない米中経済対立のエスカレートを避ける考えが、中国政府にある。

一方、中国政府はレアアース(希土類)や特定の鉱物の輸出規制で報復する可能性があるだろう。その場合、日本にとっては大きな打撃となる。こうしたリスクも踏まえて、日本政府は対中投資規制で米国の求めに応じて足並みを揃えるかどうかを慎重に決める必要があるだろう。

(参考資料)
"China's Options for Retaliation Are Few After U.S. Investment Ban(中国、対米報復は限定的か 投資制限巡り)", Wall Street Journal, August 12, 2023
「米、中国へのハイテク投資規制を発表 軍事的脅威に対処」、2023年8月10日、産経新聞速報ニュース
「米国、対中投資を厳しく制限 半導体・AIで大統領令-資金の流れ分断、軍事転用に歯止め」、2023年8月10日、日本経済新聞電子版
「対中投資規制の米大統領令、先端技術分野の売上比率5割以上が対象か=外電」、2023年8月9日、DZH中国株ニュース

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。