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進むロシアの軍需経済化

ロシア中央銀行は、ルーブルの下落に歯止めをかけるために、8月15日の臨時の金融政策決定会合で政策金利を一気に8.5%から12.0%に引き上げる大幅な金融引き締めを実施した。しかし、ルーブル安に歯止めをかけることには成功していない(コラム「 歯止めがかからないルーブル安とロシア中銀の大幅金融引き締め 」、2023年8月15日)。

そこでロシア政府は、輸出企業に対して獲得した外貨の一定割合を強制的にルーブルに交換させる資本規制を導入することを検討した。これは昨年一度導入し、ルーブルの安定に効果を発揮した施策であるが、企業の反対を受けて再導入を見合わせた。

年初からルーブル安に歯止めがかかっていないのは、ウクライナ戦争から1年が経過する中、ロシア経済が変質していることの反映でもある。ロシア経済はマイナス成長から脱しつつあるように見えるが、その背景には、先進国からの制裁逃れが広がっていることと、政府が軍事支出をさらに拡大させていることがある。その結果、ロシア経済は軍事関連の政府支出の比率が高まり、「軍需経済化」している。GDPの政府支出は、今年1-3月期に前年同期比13.5%増となり、1996年まで遡るデータで最も高い伸び率を記録した。

ロシアで急速に進む人手不足と潜在成長率の低下

他方、ロシアでは、人口減少、高齢化に加えて、動員や動員逃れによる国民の海外流出が続くことで、労働力不足が深刻になっている(コラム「 労働力不足でスタグフレーションの様相を強めるロシア経済 」、2023年8月21日)。そして供給が制約される中、政府が軍事関連の需要を作り出すことで、供給不足が深刻になり、これが国内の物価を押し上げている。

さらに、国内での供給不足・需要超過は海外からの輸入増加をもたらし、対外収支の悪化を生じさせている。制裁の抜け道が広がっていることが、ロシアの輸入増加を助けている面もあるだろう。これがルーブル安の背景にある。国内では、需要超過とルーブル安の双方の要因によって物価高が進み、それがルーブル安を後押ししている悪循環の構図だ。

2008年のリーマンショック以前には、ロシア経済は平均で年率+7%を超える成長を記録していた。国際通貨基金(IMF)は、ロシアはクリミア半島をウクライナから奪取した2014年以前のロシアの潜在成長率は+3.5%前後だったと推定している。他方、オーストリアの銀行大手ライファイゼンバンク・インターナショナルのロシア子会社は、ロシア経済の長期的な潜在成長率は現在+0.9%であると推定する。

ロシア経済は2極化も進む

ロシア経済が成長できる供給側の潜在力、つまり潜在成長率は比較的短期間で急速に低下している。ウクライナ戦争がそうした流れを加速させ、ロシア経済の実力は急速に低下している。そうした中、ロシア政府が軍事関連の需要を作り出していることで、経済に無理が生じており、それが摩擦熱であるかのように、ルーブル安、物価高、賃金上昇を生んでいるのである。これは、ロシアが戦争を継続している間は解消されないだろう。

そしてロシア経済は軍事セクターと非軍事セクターで2極化が進んでおり、企業の生産設備や労働力は軍需を満たすために優先的に活用される中、非軍事セクターの企業の生産や労働者は逆風を受けており、生活用品の不足は深刻さを増していくだろう。

(参考資料)
"Russia's War-Torn Economy Hits Its Speed Limit(ロシアの戦争疲弊経済、成長もう限界)", Wall Street Journal, August 18, 2023

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。