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米雇用統計は年間で30.6万人下方修正

米労働省は23日に、年次ベンチマーク(基準)改定に基づいて、2023年3月分までの1年間の雇用者数を修正した(速報値)。

この改定により、1年間の雇用者増加数は、合計で30.6万人程度下方修正された。この1年間、雇用者は月33万7,000人のペースで増えていたが、改定によりこれが約31万人になったことになる。事前には年間50万人程度の雇用者数の下方修正が予想されていたため、実際の修正幅はそれを下回ったが、それでも改定前の数字は実態を相応に過大評価していたことは確かである。

雇用者数が最も大きく下方修正されたのは、運輸、倉庫とプロフェッショナル・ビジネスサービスの分野だった。他方、小売・卸売業では上方修正がなされた。

この改定は、ほぼすべての雇用者をカバーする州の失業保険料支払いのデータによる四半期雇用・賃金調査(Quarterly Census of Employment and Wages)に基づくものだ。

来年2月にさらに下方修正の可能性

雇用者数の修正はこれで終わりではない。来年2月に発表される確報値ではさらに下方修正される可能性がある。

雇用統計の事業所調査には、新たに生まれた企業による新規雇用は反映されない。また、事業閉鎖に伴う雇用者減少も反映されない面がある。そこで、労働省は、事業者調査に基づく雇用者増加数に、新たに生まれた企業による新規雇用者増加数と事業閉鎖に伴う雇用者減少数を暫定的に推計して、オリジナルデータに調整を施している。

何四半期も後になってより正確な納税データが入手可能になった時点で初めて正式な数字が明らかになる。労働省は、今回の速報値に続き、来年2月に納税データに基づく確報値を公表する。

こうした創廃業に伴う雇用の純増数の推計による雇用増加は、今年5月までの12か月間で、雇用者増加数全体の43%と過去最高水準に達した。しかし、金融引き締めの影響で、経営環境が悪化する現局面では、新規の企業設立による雇用者増加数の推計値は過大評価、事業所閉鎖による雇用喪失数の推計値は、過小評価されている可能性がある。その場合、創廃業に伴う雇用の純増数の推計値で調整した雇用者増加数は、実態よりも上振れることになる。

米連邦準備制度理事会(FRB)は、今まで大幅な利上げを実施してきたが、予想を上回る雇用増加を示した雇用統計に後押しされた面があったことは否めない。しかし、その雇用統計の速報値は、実態を反映していなかった可能性がある。現在、FRBは利上げ打ち止めの局面に近づいているとみられるが、その微妙な局面で政策判断に影響を与える不確定要素が増えた形だ。

(参考資料)
"US Payrolls Were Likely 306,000 Lower Than Previously Estimated", Bloomberg, August 23, 2023

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。