世界経済は再び天候要因の影響を受けやすくなっている
今年の夏は異例の暑さとなった。暑い夏は、ビール、アイスクリームの需要が高まるなど、経済にはプラスの面がある。しかし、度を越えた猛暑となれば、多くの人が外出を控え、経済活動にはマイナスとなってしまう。
長い歴史の中で、世界経済は気温や天候の変化に対する耐性を強めてきた。産業革命以前の社会では、天候が経済活動に壊滅的な影響を与えることがあった。経済学者トーマス・ケヴィン・スウィフト氏によれば、英国は1709年の「大霜」で深刻な農作物の不作と家畜の死に見舞われた。それは過去最悪規模の深刻な景気後退をもたらしたのである。
19世紀には、イギリスの経済学者ジェボンズが、太陽の黒点の活動が地球上の天候に影響を与え、それが農作物の収穫高の変化を通じて景気循環を作り出すという「太陽黒点説」を唱えた。
しかし20世紀に入ると、経済に占める農業の割合が縮小し、鉱工業やサービスの割合が増加するにつれて、天候による景気循環への影響は小さくなっていった。また、灌漑や治水、農業技術の発展が農作物の耐性を高める一方、保険や政府が農家と経済全体を自然災害から守る役割を果たしていった。
しかし異常気象が頻発するようになり、再び天候が経済活動に与える影響を無視できなくなってきた。特にその影響は、農業分野の比率が大きい途上国でより顕著である。
強いエルニーニョで世界のGDPは0.5%押し下げられる
米国の科学者は、極めて強いエルニーニョ(太平洋で定期的に発生する海面温度の上昇)によって、今年の秋から冬にかけて気温が摂氏1.5度上昇する可能性があると予測している。ちなみに2009、2010年や2015、2016年にエルニーニョが発生した際には、世界各地で熱波や干ばつが起き、食料価格が高騰した。ちなみにエルニーニョは、日本には大雨や強い台風を生じさせる原因となる。
欧州中央銀行(ECB)は、このエルニーニョによって気温が摂氏1度上昇すると、世界的に食料価格が1年で6%上昇すると試算している。
さらにベルギーのゲント大学のジャスミアン・デ・ウィンヌ氏とゲルト・ピアースマン氏は2021年の論文で、世界の食料価格が10%上昇すると、1年半後にGDPが通常0.5%減少すると試算している。
この3つの試算を組み合わせると、今後極めて強いエルニーニョによって、気温が1.5度上昇、それが食料品価格を9%押し上げ、世界のGDPを0.5%程度押し下げることになる。決して無視できる影響ではない。
異常気象は世界経済見通しを悪化させる伏兵か
金融市場では現在、米国など主要国でのインフレ率低下を受けて、金融引き締めが最終局面を迎え、それによって経済がソフトランディングを実現できる、という楽観的な見通しが有力となっている。
しかし、異常気象の影響で食料品価格が再度上昇すれば、金融引き締めがより長引くとの見方が浮上する可能性があるだろう。それは長期金利の上昇を通じて株式市場の逆風となり得ることに加え、世界経済のハードランディングの可能性も高めてしまう。
こうした点から、異常気象は世界経済の新たな脅威であり、その見通しを暗転させかねない伏兵となってきたのである。
(参考資料)
"Economics Tamed the Weather. Now the Weather Strikes Back.(世界経済を振り回す異常気象 途上国は大打撃)", Wall Street Journal, August 17, 2023
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