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米国で強まる反ESG投資の動き

金融を通じて企業に脱炭素を促してきたESG(環境・社会・企業統治)投資の拡大に、足もとで逆風が強まっている。その中心地となっているのは米国だ。共和党は来年の大統領選挙を前に、ESG投資に反対の姿勢を強めている。

共和党の影響力が強い米南部フロリダ州では今年5月に、包括的にESG投資の活動を制限する「反ESG法」が成立した。次期大統領選で共和党候補の指名獲得を目指す同州のデサンティス知事は、民主党のバイデン大統領が進める環境政策に反発し、地方債を発行する際にESGの要素を考慮することなどを禁じた。

同州の年金基金などによる投融資でも、収益のリターンを最優先し、気候変動対策などのESG基準を投資評価に組み込まないように義務付けた。ESG投資を掲げる銀行は、公金の預金先から除外することも決めた。

また、大手格付会社のS&Pグローバル・レーティングは8月上旬に、企業のESGの点数評価の公表を取りやめた。この格付けは2021年から実施してきたもので、ESGの3分野での取り組みが企業の信用力にどう影響するかを5段階で示していた。

共和党が優勢なユタ州やアイダホ州の州政府が、同社の定量評価は「政治化され、誤解を招き、評価対象の企業に損害を与える可能性がある」との書簡を送ったことが、点数評価の公表取りやめのきっかけになったとみられる。

エネルギー価格高騰でESG投資の相対パフォーマンスが低下

共和党右派は、ESG投資推進派を「ウォーク・キャピタリズム(社会正義に目覚めた資本主義)」と強く攻撃している。彼らが反ESGの主張を一気に強めるきっかけとなったのは、コロナ問題やウクライナ戦争を受けたエネルギー価格の高騰である。銀行や投資家が、原油、石炭関連産業の貸出、投資を控え関連する投資が抑えられたことが、化石燃料の高騰を助長している、との批判が高まった。

さらに化石燃料の価格が高騰する中、それに関係する分野の企業への投資が大きな利益を上げる一方、環境負荷の低い業種への投資を優先するESG投資を進めた機関投資家は十分な利益を得られずに、株主の期待に応えられていない。反ESG投資派は投資家に対して、「投資は出資者や株主の利益の最大化が使命であり、投資リターンの低さを社会的な課題解決のためと言い訳すべきではない」としている。

他方で民主党は、環境対策をさらに進めるべきと主張し、金融機関や投資家のESG重視の姿勢を不十分と批判する。来年の大統領選挙に向け、民主、共和両党間の対立は一層激しさを増すだろう。そして、こうした政治的対立に巻き込まれないように、ESG投資に慎重な姿勢も金融機関、投資家の間から出始めている。

ESG投資の推進者とみられてきた米資産運用大手ブラックロックのフィンクCEO(最高経営責任者)は、「ESGという用語をもう使わない」と語った。環境重視の姿勢は変わらないが、ESGという言葉が米国で政治対立の象徴的存在となってしまったためだ。

政治的要因以外に、規制強化の動きもESG投資に慎重な機運を作り出している。近年では、グリーンボンド(環境債)やサステナビリティ・リンク・ボンド(SLB)などサステナビリティ(持続可能性)関連の債券、あるいはESG関連の株式投資信託については、「グリーンウオッシュ(見せかけの環境対応)」のリスクが指摘されている。それへの対応で、規制当局は監視を強めており、この先、ESG債やESG投信の基準は格段に厳しくなる見通しとなってきた。

金融機関が脱炭素に向けた国際的な枠組みから脱退する

他方、金融機関の間で、脱炭素に向けた国際的な枠組みを脱退するなどの動きもみられ始めている。

英イングランド銀行前総裁のマーク・カーニー氏は、2021年の国連気候変動サミットに先立ち、脱炭素に向けた金融機関の有志連合「GFANZ(Glasgow Financial Alliance for Net Zero:グラスゴー金融同盟)」を設立した。傘下に銀行や保険会社、資産運用会社など業界ごとの脱炭素連合があり、全体で50か国の575以上の金融機関が参加する。加盟機関の総資産は150兆ドル(約2京2,000兆円)に膨らんだ。

しかし、GFANZ発足からわずか1年で、加盟金融機関の間には不満が強まり、一部には脱退の動きも見られ始めたのである(コラム、「 グラスゴー金融同盟(GFANZ)設立1年で壁に:段階的な移行をしっかりと助けることが金融の役割 」、2022年11月9日)。

1年の間に生じた大きな環境変化は、ウクライナ問題をきっかけとするエネルギー危機である。エネルギー源として石炭への回帰が広がる中、金融機関が化石燃料への資金供給を一気に減らすことは難しくなった。さらに、政治家や規制当局からの圧力が高まったことで、米銀大手は脱炭素化ルールが厳しすぎると感じ始め、反発を強めているのである。

GFANZの傘下にある脱炭素を目指す保険業界の団体NZIA(Net Zero Insurance Alliance:ネットゼロ・インシュアランス・アライアンス)から、欧州や日本の保険大手が次々と脱退している。金融機関の脱炭素に向けた動きの揺り戻しは、米国だけでなく欧州や日本でも生じているのである。欧州の保険大手と日本やオーストラリアの再保険大手に続き、5月末には英ロイズもNZIAを脱退した。

脱退の大きなきっかけとなったのは、企業の化石燃料関連事業にかけられる保険の引き受けを縮小しようとするNZIAの努力は「反競争的だ」との反ESG運動家などからの強い批判である。彼らは、「環境政策を民主的手続きによらず企業の共謀により強制しようとする陰謀」とし、反トラスト法に反する行為としている。

ESGを巡る政治闘争に巻き込まれたくないという考えと、反トラスト法に抵触する恐れがあることが、保険会社のNZIA脱退が続く背景にある。

日本でも揺り戻し

日本でも、金融機関や投資家による脱炭素の動きに揺り戻しは生じている。6月中に開催された3月期決算企業の株主総会では、気候変動に関する株主提案は退けられていった。NPOの気候ネットワークは2020年に、みずほフィナンシャルグループに対して脱炭素の取り組みや情報開示を求める提案を出し、34%の高い賛成率を得た。気候ネットワークなどは、今年も三大銀行グループ、三菱商事、東京電力ホールディングス、中部電力の合計6社に脱炭素の取り組みや情報開示を求める提案を出したが、賛成率は最高でも約20%に留まったのである。いずれも3分の2以上の賛成が必要な特別決議による定款変更を求めるものだが、過半数にも遠く届かなかった。

金融庁は6月に、サステナブルファイナンス有識者会議第16回会合を開き、事務局として第3次報告書案を提示した。報告書案では、「一部事業者が脱炭素に向けた国際的な枠組みを脱退するなど「揺り戻し」のように見える状況下においても、ESG実現に向けた社会全体の歩みは止まることがない」との認識を強調した。

確かに世界に広がる金融機関や投資家による脱炭素に向けた取り組みの揺り戻しや反ESG投資の動きが、金融を通じた脱炭素に向けた取り組みやESG投資の拡大を止めてしまうものではないだろう。エネルギー価格高騰をきっかけとする米国での政治的対立の高まり、という一過性の性格も強く帯びていると考えられる。

ただし、このような「踊り場」の時期を、金融機関や投資家は、脱炭素社会に向けた自らの役割、あるいは限界などについても深く考えるきっかけとすることが重要なのではないか。

企業のトランジションを資金面から支える

GFANZ加盟の金融機関の反発を生じさせるきっかけとなったのは、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)が示した"Race to Zero"基準を順守することが、GFANZ設立時に定められていたことだ。仮に国連の勧告のように、新規石炭事業への融資を一気にやめてしまうような場合、現状では、エネルギー危機を深刻化させ、経済を混乱させる可能性がある。また、石炭火力発電が二酸化炭素排出量を抑えた新たな技術に基づく投資を行うことが資金面から妨げられ、古い石炭火力発電を使い続けざるを得なくなり、二酸化炭素排出量削減の取り組みにむしろ逆行してしまう可能性もあるだろう。

金融機関の役割は、環境負荷の高い企業やプロジェクトへの投融資を一気にやめることではなく、企業が段階的に二酸化炭素の排出量を減らし、最終的にカーボンニュートラルを達成できるよう、その移行(トランジション)をしっかりと資金面から助けることにあることを再度思い起こす必要があるのではないか。

必要な軌道修正のための機会と前向きに捉えるべき

他方、政府は、脱炭素社会の実現で、金融に過度な役割を押し付けることも控える必要があるのではないか。金融の市場メカニズムだけで脱炭素が実現できるのであれば、政府としては財政負担もかからずに望ましいことである。しかし、実際には、金融の力だけで脱炭素を実現するのは難しいだろう。

政府による各種規制や税制変更などは必要である。前出の「反トラスト問題」についてもそうだが、金融機関の間でも民間に丸投げするのではなく、政府に脱炭素に向けた様々な基準、ルールの制定を進めて欲しい、との意見も出ている。

政府による規制や増税などは、民間にとって負担となるが、脱炭素社会の実現にはコストがかかることを国民に広く理解させることも、政府の重要な役割ではないだろうか。

金融の力を生かした脱炭素の取り組みと政府の取り組みとを融合させ、脱炭素社会の実現を強く進めていくことが重要だ。足もとで生じる反ESG投資などの揺り戻しの動きは、必要な軌道修正のための機会、と前向きに捉えるべきではないか。

(参考資料)
「【世界鳥瞰】保険会社を悩ます反ESG運動、気候変動対策の障害に」、2023年6月13日、日経ビジネス電子版
「金融庁が新・サステナ報告書の草案公表、「揺り戻し」認めつつ、ESGは「大きな動きがさらに進む」、激動の一年を総括」、2023年6月12日、新日本保険新聞
「余録:市場の力を使って世界的な課題の解決を目指す「ESG(環境・社会・企業統治)投資」が…」、2023年8月21日、毎日新聞
「米S&Pグローバル、企業のESG採点を停止 政治分断映す」、2023年8月9日、日本経済新聞電子版
「米国のESG債投資、欧州に後じん 「反ESG」が重荷-モラル・マネー 投資の新潮流を紹介」、2023年7月6日、NIKKEI FT the World
「【日曜に書く】論説委員・井伊重之 ESGに吹き付ける逆風」、2023年7月9日、産経新聞

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。