&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

党内最大派閥の安倍派からの登用は変わらず

岸田首相は9月13日に、内閣改造と党役員人事を発表する。12日に自民党臨時総務会を開催し、党役員人事の一任を取り付ける予定だ。その後、人事の調整を本格化させ13日に党役員人事を経て、内閣改造に踏み切る考えである。内閣改造と党役員人事は、岸田政権では2022年8月に続き2回目になる。

今回は大きな内閣改造とはならない見込みだ。また、岸田首相の党内での政治的基盤の弱さを補う観点から、そして2024年秋の自民党総裁選での再選を視野に入れ、各派閥からの支持を取り付けるために、派閥バランスを重視する布陣が維持されそうだ。

岸田首相が早々に固めたのが、麻生太郎副総裁と茂木敏充幹事長の続投とされる。首相が率いる岸田派(宏池会)は第4派閥に留まる。第2派閥・麻生派(志公会)と、第3派閥の茂木派(平成研究会)が協力する「三頭政治」で今まで党内をおさめてきたが、この構図は変わらないだろう。

さらに、岸田首相は安定した政権運営や重要政策を円滑に進める観点から、引き続き最大派閥の安倍派を重視する人事となる可能性が高い。同派の西村経済産業相は留任の方向とされる。その場合、同氏には東京電力福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出への対応も引き続き委ねられる。また同派の松野官房長官と萩生田政調会長も要職で起用される方向だ。

無派閥ではあるが安倍派と同様に保守色の強い高市経済安全保障相についても、保守支持層の取り込みと女性の積極登用の双方の観点から、続投が検討されているようだ。

高市氏とともに前回2021年9月の総裁選で岸田首相に敗れた後、要職で処遇されている河野デジタル相は、マイナンバーカードを巡る問題で、11月末までの完了を目指す総点検の責任者であることから、続投が検討されているという。森山選挙対策委員長も留任あるいはその他党要職、重要閣僚で起用する方針を首相は固めたとされる。

また、公明党からの強い要請を受け入れ、岸田首相は、国土交通相のポストを引き続き公明党に渡す可能性が高い。斉藤国土交通相の続投の可能性が高いとされる。他方、東京電力福島第1原発の処理水を「汚染水」と言い間違い、撤回に追い込まれた野村哲郎農相は交代の方向だ。

実務者、経験者で固める安定した布陣が維持されるか

最大派閥の安倍派からは、岸田首相に対して、同派からの初入閣の要請も高まっていよう。衆院当選5回以上、参院当選3回以上の閣僚未経験者は「待機組」と呼ばれるが、自民党全体で待機組は70人、安倍派には18人いる。

ただし、待機組の新入閣にはリスクもある。前回2022年8月の内閣改造では、初入閣9人のうち8人が待機組だったが、失言などで3人が辞任に追い込まれた。岸田首相はその後任にいずれも閣僚経験者を登用して、火消しを図ったのである。初入閣者は国会での答弁能力が不確実であり、また、スキャンダルなど官邸による「身体検査」が不十分となりやすい。

また、岸田首相は若手や女性の登用を「目玉」として、岸田カラーを打ち出し、政権浮揚につなげていくことも検討するだろう。

岸田首相は東証プライム上場企業の女性役員の比率を2030年までに30%以上とする目標を掲げるなど、民間に女性登用を呼びかける一方、現内閣19人のうち、女性は高市経済安全保障相と永岡文部科学相の2人にとどまる。今回の内閣改造で取り沙汰されるのは閣僚経験者では上川陽子幹事長代理や小渕優子組織運動本部長らだ。いずれも閣僚経験者である。

しかし閣僚のスキャンダルのリスクを減らし、政権の安定感を優先する中では、思い切った若手及び女性の登用は難しく、実務者、経験者で固める安定した布陣が維持されるのではないか。

岸田政権の経済政策は成長重視の姿勢に転じた

閣僚人事、党要職で現在の枠組みが大きく見直されない中、岸田政権の経済政策についても新体制下で大きく見直されることはないだろう。

岸田首相は、政権発足当初に「所得と分配の好循環」を掲げ、軸足は企業に賃上げを促すなど所得再配分重視の左派色の強さが目立った。しかしその後は、成長重視に軸足を移しいていったように見える。新NISA制度につながった資産所得倍増計画、構造的賃上げを目指す、リスキリングを含む三位一体の労働市場改革などが成長重視の経済政策である。

低賃金、将来不安、社会保障制度の脆弱性など、現在われわれが直面する経済問題の多くは経済の潜在力の低下に根差している点を踏まえれば、岸田政権が成長重視の姿勢に転じたことは評価できる。

こうした経済政策の軌道修正には、岸田首相のブレーンである木原誠二内閣官房副長官が大きな役割を果たしたとされる。従って、同氏の処遇も今回の人事での大きな注目点の一つである。同氏については、最近、様々な週刊誌報道がなされているが、現状では、留任、あるいは首相の近くで他の要職での処遇が検討されていると報道されている。その場合、岸田政権の成長重視の経済政策姿勢自体には、大きな変化は生じないだろう。

国債発行増加が経済の潜在力を低下させる可能性

岸田政権は、GX投資、防衛費増額、少子化対策の3点で、大幅な歳出拡大を決めている。他方、それらの財源確保については、いずれも実施を先送り、あるいは財源確保の具体的手段の決定が先送りされている。これは、党内の保守派が増税や社会保険料引き上げなどに批判的であるためだ。歳出の拡大においては党内の賛成は得られやすいが、財源の議論が前に進まないという状況が続いている。

保守派重視の内閣改造、党役員人事が維持されることが見込まれるなか、こうした構図は今後も変わらないだろう。その結果、最終的にはなし崩し的に国債増発によって財源が確保されていく可能性が見込まれる。それは、将来世代の負担となり、その結果、将来の民間需要見通しの低下が企業の投資、雇用を慎重にし、経済の潜在力を低下させてしまう恐れがある。それは、岸田政権が目指す成長重視の経済政策には、逆風となってしまうのである。

岸田政権の下、岸田首相が本来望む「岸田カラー」の強い経済・財政政策を実現するためには、今後の国政選挙で大勝し、党内の政治基盤を高める他はないだろう。

保守派が日本銀行の政策修正を一定程度制約する構図も続く

また、保守派重視の内閣改造、党役員人事が維持されることは、日本銀行の金融政策の正常化には一定程度の制約となるだろう。昨年来、日本銀行のイールドカーブ・コントロール(YCC)で硬直的な政策姿勢が円安進行を許し、物価高を助長したことを踏まえ、岸田政権は、金融政策の修正、正常化を含め、日本銀行のより柔軟な政策運営への転換を容認する姿勢が見られる。

他方、保守派からは、日本銀行の緩和姿勢や2%の物価目標を堅持することを強く求める声が出されている。政権運営には保守派の協力が必要であることから、岸田政権もそうした保守派の意見を無視できず、またそうした政治的圧力から日本銀行を守ることもできないのが現状と考えられる。

岸田政権は当初、日本銀行の新総裁との間で2013年の政府と日本銀行の共同声明を議論するとし、日本銀行の政策を縛ってきた声明の見直しを検討していたとみられる。しかし植田総裁就任直後には、突如、「見直しは必要ない」とした。その背景には、保守派への配慮があったのではないか。

今回、保守派を重用する形での内閣改造、党役員人事となれば、日本銀行は金融緩和維持を求める政治的圧力に引き続き晒されることになるだろう。それでもいずれは政策の修正を行うだろうが、それまでにより時間がかかることになる。

この点から今回の人事は、現状の金融・財政政策が維持されるとの金融市場の見方を強める材料となりやすい。その結果、短期的には円安・株高の反応を生じさせやすい。

しかし、金融政策修正の遅れが、金融市場の動揺などの副作用が先行き顕在化するリスクを高めること、国債発行増加が、既に見たような経済の潜在力低下につながるリスクがあることを考えれば、より長い目で見れば人事は株式市場に逆風となり、金融市場の安定性を損ねることにつながる可能性が考えられるところだ。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。