物価に遅れて動く家賃の上昇率にもピーク感
米国の消費者物価上昇率は、2022年6月に前年同月比+9.1%でピークを付けた後、最新の今年7月には同+3.2%まで低下している。しかし、物価目標の2%にはまだ距離があることから、米連邦準備制度理事会(FRB)は物価上昇率をさらに抑え込む姿勢を崩していない。
物価上昇率の急速な低下を阻んでいるのは、家賃価格の上昇である。7月の消費者物価上昇率の前月比+0.2%のうち、90%以上が前月比+0.4%上昇した家賃によるものだ。仮に家賃の上昇が止まれば、消費者物価上昇率はかなり低水準となる。
ただし、家賃の前年同月比も今年3月に+8.2%でピークをつけ、7月には同+7.7%まで低下している。消費者物価の前年同月比がピークを付けてから9か月後に家賃の上昇率がピークを付けたのは、過去の経験に照らして普通のことだ。家賃は消費者物価全体に半年から1年遅れて動く傾向がある。この先、家賃の上昇率は着実に低下傾向を辿り、その結果、消費者物価上昇率も低下傾向を辿るだろう。
家賃の下落幅がリーマンショック後で最大となる可能性
家賃は消費者物価全体に遅れて動く傾向があるが、直接的に大きな影響を受けるのは住宅価格の動きだろう。将来のキャッシュフローである家賃の見通しで住宅価格が決まる、というのが理屈ではあるが、実際には、住宅価格の変化が家賃に反映される傾向がみられる。
サンフランシスコ連銀が公表した資料によると、家賃や住宅価格に関する多くの民間の指標は軟化傾向を示している。それは、米不動産情報サイトのジローが算出する住宅価格指数、S&P/ケース・シラー全米住宅価格指数、アパートの空室率に関する指数などである。
S&P/ケース・シラー全米住宅価格指数(20都市)の前年同月比は、6月時点で-1.7%と、3か月連続で下落している。
サンフランシスコ連銀のモデルによると、家賃は来年半ばまでに前年同月比でマイナスに転じ、消費者物価上昇率全体を大きく押し下げる見通しだ。サンフランシスコ連銀は、家賃の下落幅が2008年のリーマンショック(グローバル金融危機)後で最大になる可能性がある、としている。
FRBによる大幅な金融引き締めは、今のところ実体経済には甚大な打撃を与えていない。しかし、住宅価格にはその影響は及んでいるように見える。住宅価格の下落が家賃の下落につながれば、消費者物価上昇率は想定以上に下振れるリスクが来年には出てくるのではないか。さらに消費者物価上昇率の下振れが短期の期待インフレ率の下振れを通じて実質短期金利を押し上げ、金融引き締め効果がにわかに顕在化する可能性もあるだろう。
現在の金融市場の見通しに反して、来年に入れば景気と物価の下振れ傾向がともに顕著となり、それを受けてFRBの本格的な金融緩和期待が高まり、米国の長期金利並びにドルが思いのほか下落する可能性も想定しておくべきではないか。
(参考資料)
"Inflation and Housing Costs Are Set to Turn a Corner(米インフレ、鍵握る住居費に緩和の兆し)", August 11, 2023, Wall Street Journal
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