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大手地銀に長期社債発行を求める規制

米連邦準備制度理事会(FRB)と米連邦預金保険公社(FDIC)は8月29日に、大手地銀への新たな規制強化策を提示した。資産規模が1,000億ドル(約14.5兆円)以上の銀行に対して、十分な長期債発行を義務付けるものだ。

今年3月のシリコンバレーバンク(SVB)など地銀の破綻は、流動性の高い預金流出が引き金となった。そこで、流動性が低い債務である長期債発行を一定額義務付ける提案が示されたのである。具体的には、リスクアセットの6%、総資産平均の3.5%、レバレッジエクスポージャーの2.5%のうち、最も高い額で長期債務を保有し続けるよう求めるものだ。

国際金融規制の下で、同様の規制は世界の金融システム上重要な銀行(G-SIB)に指定されている大規模銀行に対しては、既に適用されている。今回の米国の措置は、これを資産規模1,000億ドル以上の中堅銀行にも求めるものだ。

社債発行の増加と資金調達コストの上昇

対象となる銀行が現在保有している長期債務は、今回の規制案で示した基準の75%程度だという。仮にこの規制案がそのまま施行された場合には、残りの25%分を各銀行が新たに調達する必要が生じる。

クレディットサイツによれば、この新たな規則に対応するために、対象となる地銀は、最終的には合計で約405億ドル相当の社債発行が必要となる。基準を満たすまでには何年かの猶予が与えられるだろが、クレディットサイツは、年内に150億ドル相当の社債を発行すると予想している。

他方、2024年末までには440億ドル相当の社債が満期を迎えることから、その借り換えも含めると、かなりの規模の社債を発行する必要が生じることになる。

SVB破綻後は、格付会社による格下げの動きも相次ぎ、社債の発行を通じて地銀の資金調達コストは上昇した。現状では調達コストは落ち着いてきているが、銀行が短期から長期の資金調達にシフトすれば、調達コストは上昇する。規制に対応した社債発行の増加は、対象となる地銀の利鞘を0.05%~0.1%程度縮小させるとの見方がある。

米銀の貸出抑制が続く

新たな規制を満たすために、大手の地銀は長期社債の発行を増やす一方、その発行必要額を抑えるため、また自己資本比率を引き上げることで経営の安定性を高めるために、同時に貸出資産の抑制を進めるだろう。他方でそれは、企業、家計の経済活動を抑制し、結局は不良貸出債権の増加という形で銀行の経営を苦しめることになる可能性がある。

米銀の貸出残高は、足もとで前年比マイナスであり、2011年5月以来の低水準となっている(図表)。地銀の経営破たんは現状では収まっているが、地銀の収益環境の厳しさは4-6月期の決算で明らかとなり、それを受けて大手格付会社による一部銀行の格下げ、銀行株全体の株価下落などが足元でみられている。

規制強化や経営立て直しのための貸出抑制が、不良債権の増加につながり、地銀が今春に続いて第2の経営不安に見舞われる可能性があるのではないか。

図表1 米銀の貸出残高の週次変化

(参考資料)
“Regional Banks Ready a Wave of Bond Issuance: Credit(米地銀、一斉に社債発行に動く構えも-新たな資本要件提案への対応で)”, Bloomberg, September 3, 2023
「米金融規制当局、中堅銀行の長期債務保有に関する規制案発表(ニューヨーク発)」、2023年8月31日、ジェトロ・ビジネス短信

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。