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民主・共和間、共和党内穏健派と強硬派との間の激しい対立が背景

米国では10月1日から始まる新年度を目前にして、議会で歳出法案(予算)の成立が遅れている。つなぎ予算も成立していないことから、9月末までに歳出法案が成立しない場合には、政府が部分的に閉鎖(ガバメント・シャットダウン)される。背景にあるのは、政策を巡る民主党と共和党の激しい政治的対立だ。共和党は大幅な歳出削減を求めており、5月に生じた米国債務上限問題と同様の構図が再燃している。

さらに問題解決を難しくしているのは、これも米国国債デフォルト問題の時と同様に、共和党強硬派である。共和党のケビン・マッカーシー下院議長は、交渉時間を確保するために10月末までのつなぎ予算の成立を目指している。しかし共和党強硬派は、大幅な歳出削減やウクライナ支援に対する制限などを要求しており、マッカーシー下院議長が提示する下院案に反対している。

政府閉鎖が回避できるかよりも、それがどの程度続くかに既に焦点は移っている感がある。政府閉鎖が短期間であれば経済に与える打撃は小さいが、長期化すれば打撃は大きくなる。政府閉鎖となれば、過去10年間で4回目となる。過去最長となったのは、トランプ政権下で生じた2018年12月から2019年1月までの5週間である。

現在の民主・共和激しい対立、共和党内での穏健派と強硬派との間の激しい対立を踏まえれば、政府閉鎖の期間が過去最長の5週間を超えるかが注目されるところではないか。

米国経済の不確実性が高まる

月末までに議会が予算案で合意できなければ、ホワイトハウスの行政管理予算局(OMB)トップが連邦政府全体に、閉鎖開始の指示を出す。軍と法執行機関の制服組は任務を継続するとみられる。国土安全保障省など一部の機関では多くの職員が出勤し続ける可能性が高く、例えば商務省では大半の職員が自宅待機を命じられるとみられる。出勤にせよ自宅待機にせよ、政府機関の閉鎖中は約450万人の連邦職員は給与を受け取れない。2019年に成立した法律に基づいて、政府機関の再開後に未払い賃金が補償される。

米政府支出はGDPの約4分の1を占めていることから、その支出が滞ることは、直接GDPを押し下げる。2019年に5週間続いた政府閉鎖では、米議会予算局(CBO)は経済損失が約110億ドル生じたと推計した。この時は、一部の機関はすでに予算を確保していたため、業務を継続できた。しかし今回は、閉鎖が適用される政府機関の数が増えることが見込まれることから、より重大な損失を引き起こしかねない。

昨年来の物価高騰、大幅利上げに加えて、足もとでは自動車労働者のストライキ、連邦学生ローンの返済再開などが米国経済の逆風となっている。政府閉鎖の不確実性がこれらに加わることになる。

ムーディーズが米国債格下げも

政府閉鎖は経済に加え金融市場にも大きな影響を与えうる。米格付会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは、米政府が閉鎖になれば米国債の信用力に打撃と表明している。明言はしていないが、政府閉鎖が長期化すれば、米国債の信用格付けを最高位から引き下げる可能性がある。

フィッチ・レーティングスは、債務上限問題を受けて、今年8月に米国債の格付けを最高位から1段階引き下げた。S&Pグローバル・レーティングは2011年の債務上限問題の際に、米国債の格付けを最高位から1段階引き下げている。大手格付け3社で米国債の最上位格付けを維持しているのはムーディーズのみである。

ムーディーズも米国債を格下げすることになれば、大幅な株安とドル安を生じさせることが考えられる。米国債価格の下落につながる可能性もあるだろう。

経済指標の発表延期でFRBの金融政策は動きが取れなくなる

また、政府閉鎖は米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策に影響を与える。政府閉鎖が長期化すれば経済に打撃が及び、さらにムーディーズの米国債格下げが実施されれば、金融市場は混乱する。その場合、11月1日の次回米連邦公開市場委員会(FOMC)では追加利上げ見送りの可能性が高まり、さらに利上げ打ち止め観測につながることも考えられる。これは、ドルをかなり押し下げることになるのではないか。

そして、FRBの金融政策運営を難しくするのは、経済指標の発表が停止することだ。政府閉鎖で経済指標の発表が延期されたのは、ここ30年間で3回に及ぶ。1996年初めには前年12月分の雇用統計発表が2週間延期された。消費者物価指数(CPI)の発表は3週間近く遅れ、1996年1月のFOMCの翌日に発表された。2013年10月には、16日間の政府閉鎖によって前月分のCPIと雇用統計の発表が2週間近く遅れた。

政府閉鎖となっても、FRBの機能は停止せず、FRBが公表している鉱工業生産統計などの発表は予定通りに実施される。しかし、金融政策に大きく影響する雇用統計、CPIの公表は停止してしまうだろう。目先のところでは、10月6日に9月分雇用統計、9日に9月分CPIが公表予定となっているが、政府閉鎖となれば、それら経済指標の発表は遅れる。さらに政府閉鎖が過去最長の5週間を超えれば、10月分の統計の発表も遅れることになりかねない。

そうしたもとでは、FRBは政策判断の重要な材料を得られないことから、政策変更は見送られやすい。さらに、実体経済の動きが明らかでなく、FRBによる適切な政策対応が期待できないことが、金融市場の不確実性を高め、市場のボラティリティを高めることになるだろう。

政府閉鎖は短期的であれば、その影響は限られるが、長期化すれば米国経済、金融市場に大きな影響を及ぼす。その場合、影響は米国内に留まらず、世界全体の大きなリスクとなるはずだ。

(参考資料)
"What Happens During a Government Shutdown?(米政府閉鎖で何が起きるのか)", September 26, 2023, Wall Street Journal
「米政府閉鎖なら「国債信用に傷」 格付け大手警告」、2023年9月27日、毎日新聞
「FRBまるで目隠しで綱渡り 米政府閉鎖なら」、2023年9月27日、ウォール・ストリート・ジャーナル日本版

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。