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グローバル企業の中国での生産活動にリスク

米アップル社などグローバル企業は、中国からインドへと生産拠点をシフトさせる動きを見せている。中国の代替地である「チャイナ・プラス・ワン」の地位を、インドは高めてきているのである。

人件費が上昇を続ける中、中国の「世界の工場」としての魅力は趨勢的に低下傾向にあるが、グローバル企業が中国を代替する「チャイナ・プラス・ワン」を探す動きを一段と強めるきっかけになったのは、比較的最近の環境変化によるものだ。

それは、第1に、中国がゼロコロナ政策を採用し、ロックダウン(都市封鎖)を繰り返したことで、中国で製造した製品の輸出に大きな支障が生じたことだ。第2に、近年、米国と中国との関係が悪化しており、その傾向はロシアによるウクライナ侵略で加速した感がある。つまり、地政学リスクの高まりが中国ビジネスのリスクとなっている。

第3に、中国政府による技術移転の強要がある。また、今年7月に施行された反スパイ法改正も、外国企業の中国での活動のリスクを高めている。スパイ行為の定義が拡大され、政府機関や情報インフラに対するサイバー攻撃や国家機密の所持も取り締まりの対象となった。

インドでの現地生産は多様な業種に

グローバル企業にとって、生産拠点のみならず市場としての中国のリスクについても、足もとでの中国経済の減速を受けて高まってきている。

従来、「チャイナ・プラス・ワン」として注目を集めていたのは、ベトナム、メキシコ、タイ、マレーシアなどであった。ところが足もとでは、グローバル企業がインドへの関心をにわかに高めている。インド準備銀行(中央銀行)によると、外国からの直接投資額は2020~2022年の間に年平均で420億ドルと、10年足らずで倍増した。

外国企業は長らく、車や家電製品をインド市場向けにインドで生産してきた。現在では、太陽光パネル、風力タービン、玩具、靴など、インドでの現地生産は多様な業種に広がってきている。背景には、インド政府が外国企業の誘致に積極的であることと、市場としてのインドの潜在力が認められてきたことがあるだろう。

国家プログラム「メーク・イン・インディア」

インド政府は2014年に、世界から投資を呼び込むことで製造業を発展させ、それを通してインド経済のさらなる飛躍を目指す「メーク・イン・インディア(Make in India)」という国家プログラムを開始した。

その恩恵を大きく受けたとみられるのが電子製品だろう。2018年以降、その輸出が3倍に増え、今年3月までの1年間に230億ドル(約3兆1,100億円)に達した。

そして国連の推計によると、インドの人口は今年半ばころに中国を抜いて世界一になったと見込まれる。中国経済の成長力に慎重な見方が広がる一方、インド市場の潜在力は非常に大きいとの見方が世界に浸透してきている。

「世界の工場」の地位確立にはなおハードルも

しかし、インドが中国にとって代わり「世界の工場」の地位を確立するには、なおハードルが残されている。「メーク・イン・インディア」が進められ、海外からの投資が増えるもとでもなお、インドの製造業の発展は限られている。

インドの製造業が経済全体に占める割合は、メーク・イン・インディア政策が提唱されて以降、むしろ縮小しており、2021年は14%まで低下した。これはメキシコやベトナム、バングラデシュを大きく下回る水準だ。その一因は、長らく指摘されているインフラの未整備だろう。

また、インドの製造拠点では、人手不足も問題になりつつある。中国とは異なり、インドでは仕事を求めて遠距離に引っ越すことを嫌がる労働者が多いことが要因の一つだという。また労組の力が中国よりもインドの方が強い点も、外国企業にとっては懸念材料だ。

政府の外資優遇策にも懸念はある。外資系企業に特別経済区での供給網構築を促すため、輸入品への関税を引き下げた。他方インドは、輸入品への関税を逆に引き上げることで、国産品を優遇している。こうした保護主義的な政策は、グローバル企業の懸念となっている。

このように、インドが中国にとって代わり「世界の工場」の地位を確立するには、まだ多くの課題が残されている。そして、先進国企業がインドへの投資を一段と拡大させるかどうかは、国際情勢によっても大きく左右されるだろう。インドはグローバルサウスとして、中国・ロシアなど権威主義的な国々と、先進国の双方に対して中立的なスタンスを維持しようとしている。それでも、インドは先進国にとっては友好国である。

ただし今後、インドが歴史的な友好国であるロシアとの政治的な距離をさらに縮めていく場合には、先進国との距離が開き、先進国企業がインドへの投資を慎重化させることも考えられるところだ。

(参考資料)
"China Finally Has a Rival as the World's Factory Floor(中国にライバル登場 インドが狙う「世界の工場」)", Wall Street Journal, May 11, 2023

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。