業況判断DIは安定した経済状況を再確認
日本銀行は10月2日に日銀短観(9月調査)を発表した。大企業製造業、非製造業ともに業況判断DI(現状)は事前予想を上回り、それぞれ前回比4ポイントの改善となった。
大企業製造業では、半導体不足の緩和を受けて、自動車の景況感が前回に続いて大きく改善した。また、原油価格の上昇が石油・石炭製品の景況感、食料品の値上げが食料品の景況感をそれぞれ改善させた。
大企業非製造業では、小売、宿泊・飲食サービスの景況感が、国内消費の安定やインバウンド需要の拡大を映して改善した。他方、電気・ガスの景況感が大幅に改善したが、これは電力規制料金の引き上げによる電力会社の収益改善を映したものだろう。
大企業非製造業の先行き見通しは悪化
しかし、先行きの判断については、大企業製造業がわずか1ポイントの改善に留まる一方、大企業非製造業では6ポイントの低下と大幅悪化となっている。
現状判断で改善した小売、宿泊・飲食サービスの景況感が先行き判断では悪化しており、物価高、実質賃金の下落が国内の個人消費の逆風となること、インバウンド需要の回復一巡、あるいは強まる人手不足傾向が事業の障害となり、景況感の改善を制約していることが考えられる。
山を越えた物価上昇と遠のく日銀の2%の物価目標達成
足元では海外での原油価格上昇や円安進行によって、輸入物価が再び上昇している。その影響が企業の景況感や物価感にどのように影響するかが、今回の短観調査の大きな注目点の一つであった(コラム「 9月短観で企業景況感は小幅に改善か:中国経済の下振れがリスクに 」、2023年9月21日)。
これらは、懸念されたほどには企業景況感や物価環境に悪影響を与えていないことが確認されている。そして今回の短観調査は、日本の物価高騰は全体として山を越えたことを示唆している。
製造業の販売価格DI(現状)は前回調査から2ポイントの低下、仕入れ価格は4ポイントの低下となった。また、先行きの判断DIはそれぞれ6ポイントの大幅下落となった。
原材料価格の上昇を製品価格に転嫁する動きが相応に進んだことが、企業の収益環境を改善させるとともに、それがさらなる価格転嫁の動きを一巡させることで、物価全体の安定傾向が強まってきている。
企業の物価上昇見通しが安定を取り戻してきていることは、物価見通し調査にも表れている。全規模全産業の物価見通しでは、5年後の見通しは+2.1%と前回に続いて2回連続での横ばいとなった。昨年来続いてきた、企業の中長期の物価見通しの引き上げの動きは一巡してきている。
こうした企業の中長期の物価見通しの安定は、経済の安定に貢献するだろう。他方で、企業の価格転嫁の動きと賃上げの勢いを削ぐものとなるだろう。来年の春闘では賃金上昇率はベアで3%超など期待された水準を大きく下回り、日本銀行の2%の物価目標達成は遠のくことになることが予想される。
いずれにせよ、日本銀行が現在最も注目しているのは来年の春闘の行方であり、それを見極める前に本格的な政策修正に動く可能性は低いと考えておきたい。
中国経済下振れの影響に注視
日本経済にとって、賃金上昇率を上回る物価上昇率は、潜在的な景気の下振れリスクである。企業の中長期の物価見通しが安定してきたことで、来年の春闘では個人が期待するほどの賃上げとはならないと考えられる。それが個人消費の下振れにつながる可能性があるだろう。
他方、輸出環境の悪化も日本経済の下振れリスクである。今回の短観調査では、2023年度の大企業の輸出見通しは+1.6%と前年度の+16.1%を大幅に下回っている。海外での製品需給判断DIも、前回比4ポイント悪化した。
海外経済の動向で特に注意したいのが中国経済である。中国経済の低迷が、貿易を通じて世界経済に与える悪影響は深刻だ。国際通貨基金(IMF)によると、中国の成長率が1%ポイント低下すると、世界の成長率は約0.3%低下する計算である。中国の名目GDP(2022年)は世界の18.1%(IMFによる)であることから、直接的な影響だけ考えれば世界の成長率の押し下げ効果は0.18%程度となる。それを大きく上回る押し下げ効果が生じる計算であるのは、中国経済の下振れが貿易などを通じて他国の経済にもたらす波及効果が大きいことを示している。
主要国の中で最も打撃を受けやすいのは、中国向け輸出が全体の2割を占めるなど、中国経済への依存度が高い日本だ。内閣府の試算に基づくと、現時点で中国の成長率が1%ポイント下振れると、日本の成長率は0.65%下振れる計算となる(筆者試算)。実際には、この先数年を展望すれば、中国の成長率の下振れは1%ポイントでは済まないだろう。
2022年の日本から中国向けの輸出の中で、22.6%は半導体を含む電気機械、21.4%は半導体製造装置を含む産業用機械などの一般機械である。中国経済の下振れは、輸出の減少を通じて日本の資本財メーカー、IT関連メーカーに大きな打撃となるだろう。今後の短観調査では、汎用機械、生産用機械、業務用機械、電気機械に中国経済減速の影響が特に表れやすい。
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