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1ドル150円台に乗せる

10月3日のニューヨーク市場でドル高円安が一段と進み、ドル円レートは1ドル150円台に乗せた。その後は1ドル147円台まで一時円が買い戻されるなど激しい動きとなっている。日本政府が円買いドル売り介入を実施した可能性が指摘されているが、実際のところは明らかになっていない。

1ドル150円台が目前に迫っていた3日の東京市場で鈴木財務相は、「引き続き、高い緊張感を持って万全の対応をしていく段階」と発言していた。さらに、1ドル=150円の水準が為替介入の節目になるのかとの質問に対して、「水準そのものは判断基準にならない。あくまでボラティリティの問題」との見解を示していた。

ただし、「水準は為替介入実施の判断基準にならない」との鈴木財務大臣の発言は、あくまで米国政府に配慮したポーズだろう。米国政府は、先進各国に対して、為替の特定水準を意識した為替介入や為替の方向性に影響を与えることを狙った為替介入は、為替操作(マニュピュレーション)に当たるとして認めない姿勢だ。投機によって為替が過度に変動する際に、それを抑えることを狙うスムージングオペの為替介入のみを容認しているのである。

政府は1ドル150円を強く意識

しかし、1ドル150円の水準が近づく中、政府は連日円安をけん制していることから、心理的節目である1ドル150円という水準を政府が強く意識していることは明らかだ。その水準を超えると円安に弾みがついてしまうことを警戒しているのである。現在政府は、物価高対策を柱とする経済対策の策定を進めているが、円安による輸入物価の上昇は、そうした政策効果を損ねてしまうことから、政府は円安進行を食い止めたいと考えている。

政府は、1ドル150円を第1防衛ライン、昨年の円安のピークであった1ドル151円台終わりを意識して1ドル152円を第2防衛ライン、1ドル155円を第3防衛ライン、と考えているのではないかと推察される。

仮に政府が今回、ニューヨーク市場で為替介入を行っていないとしても、東京市場で円安の動きが強まる局面と捉え、早晩、東京市場で為替介入の実施に踏み切る可能性が高い。

日銀のYCC運営柔軟化措置に円安を食い止める効果

日本銀行が7月に実施したイールドカーブ・コントロール(YCC)の運用柔軟化策は、為替市場のボラティリティ低下を意識したものであることを、日本銀行は認めている。

米国の長期金利が上昇する局面では、その影響から日本の長期金利にも上昇圧力がかかりやすい。その際に、YCCの枠組みのもとで日本銀行が長期金利の上昇を強くけん制すると、日米の長期金利差が拡大して円安が進行しやすくなる。

日本銀行は7月にYCCの運用を柔軟化し、変動幅の上限である+0.5%を超える長期金利の上昇を容認するようになったことで、長期金利のボラティリティは高まった。その分、為替市場のボラティリティは低下することになる。YCCの運用柔軟化後も円安は進んではいるが、円安進行を食い止める効果は一定程度発揮されているものと考えられる。

さらに、長期金利上昇の際に日本銀行が、臨時国債買いオペの実施、共通担保オペの実施、指値オペの実施を見送ることなどを通じて、長期金利の上昇を一定程度容認すれば、円安進行をけん制することも可能となったのである。この点が、昨年の円安局面とは大きな違いであり、円安阻止に向けて政府と日本銀行との連携は強化されたと言える。

実質長期金利上昇でドル独歩高

ところで、7月以降の世界の為替市場では、ドル独歩高の様相が再び強まっている。ドル円レートについても、日本側の要因よりも米国側の要因で決まる傾向が強い状況だ。

米国では物価上昇率が着実に低下し、利上げが最終局面にある一方、物価警戒をなお緩めない米連邦準備制度理事会(FRB)が政策金利を高水準に長く据え置くとの観測が長期金利の上昇を促し、ドル高円安圧力を高めている。

昨年のドル独歩高は、先行きの大幅利上げを織り込んだ名目長期金利上昇にけん引されたが、足元のドル独歩高は、インフレ期待が低下する中での実質長期金利上昇にけん引されている側面が強いのではないか。実質金利の変化は、国際資金フローと為替レートに大きな影響を与える。これが、物価上昇率が低下しインフレ期待が低下する中、さらに米国の利上げが最終局面にあるなかで、予想外にドル独歩高の傾向が再度強まっている背景だ。

しかし、実質金利の上昇は、先行きの米国経済の減速リスクを高めることになる点は見逃せない。米国経済が安定を維持している間は、実質金利上昇はドル高傾向を促すが、ひとたび米国経済の減速傾向が明らかとなれば、ドルの大幅下落が生じるだろう。現在はそうした大きなドルの振幅の転換点に近づいていると考えられる。

来年はドル安円高基調に

為替介入の実施だけで、円安を食い止めることはできない。為替介入はあくまでも時間稼ぎ、時間を買う政策である。東京市場での一日の為替取引が平均で50兆円を上回ると見込まれる中、一日あたり数兆円規模の為替介入で為替の需給に大きな影響を与えることはできない。

従って、米国経済に明確な減速の兆候が見られるなど、米国側の情勢が変化しないと、円安の流れは反転しないだろう。その時期を正確に予測するのは難しい。

しかし、昨年とは異なり、YCCの柔軟化のもと日本銀行が長期金利の上昇を容認することで、円安をけん制できるようになったことは、円安進行のリスクを軽減している。

また、政府が為替介入に踏み切ってから5円程度円安が進んだのちに円安がピークを迎えたという昨年の経験などを踏まえると、第3の防衛ラインである1ドル155円程度が円安のピークになると現時点では見ておきたい。さらに、米国経済の減速を前提に、来年はドル安円高基調に転じるものと見ておきたい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。