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野村総合研究所と
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先般、岸田政権が打ち出した経済対策の方針の5つの柱の中では、半導体・蓄電池などの国内生産支援が挙げられている。これは、中国などを念頭に従来から進められている「経済安全保障政策」の一環である。ところがこれは、5つの柱のうちの一つである「成長力につながる国内投資促進」の施策として示されている。いわば成長戦略に分類されているのである。

半導体、蓄電池、バイオ関連は、特定の国に大きく依存することが日本の経済と安全保障上の脅威にもなりかねない重要分野、と位置付けられている。他方でこれらは成長分野でもあり、それらを支援することは、成長戦略の一環ともなる。

さらに、台湾積体電路製造(TSMC)の熊本県への誘致やラピダスの北海道での新工場建設は、地域の雇用拡大など地域経済に好影響を与えている。そうした地域では地価も顕著に上昇している。そのため、そうした分野の国内投資促進は、地域活性化策ともなる。

政府は、半導体や蓄電池、バイオ関連といった分野を対象に、12月にも生産工場の誘致に向けて土地規制を緩和する。大型工業用地の不足に対応するために、都市計画法に基づき農地や森林など開発に制限がある、国土の約10%を占める市街化調整区域で、自治体が計画を策定して工場の立地を許可できるようにするという。

また、通常1年かかる農地の転用の手続きを、4か月程度に短縮する。農地の転用には地元の農業委員会などの許可が必要であるなど、規制が複数の省にまたがる。そこで、国土交通省、農林水産省、経済産業省の3省が連携して、開発許可の手続きを同時に進める。

政府が10月中にまとめる経済対策は、規模感を出して国民にアピールするため、中核となる物価高対策に多くの経済政策を付け加えて形作られた、バラマキ的な要素が感じられるものだ。将来の選挙も意識した政治色の強い政策とも言われている。

しかしそうした中でも、この重要分野の国内生産支援策は、経済安全保障政策の推進、国内需要創出、地域経済活性化、成長分野の育成など様々な政策目的を同時にかなえる。さらに、それを単に予算を積み上げるのではなく、土地利用の規制緩和を通じて推進することは、費用対効果の高い良策と言えるのではないか。また、中央と地方、省庁が連携して政策を推進することも、他の施策の手本となっていくのではないか。今後の施策の実効性に大いに注目したい。

(参考資料)
「半導体工場、農地・森林にも 政府、立地規制を緩和 経済対策の柱に」、2023年10月4日、日本経済新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。