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原油価格上昇の陰にイランとサウジアラビア

イスラム組織ハマスによる7日(土)のイスラエル攻撃は、落ち着きを取り戻し始めた原油価格を押し上げ、世界のインフレ懸念を再び煽ることになった。

WTI原油先物価格は週明け後の9日(月)に、前営業日比4%強高の1バレル=86ドルまで上昇した。イスラエルとパレスチナは主要な産油地域ではなく、今回の事件によって原油供給が直ちに影響を受けることはない。

ただし、ハマスによる7日のイスラエル攻撃をイラン革命防衛隊(IRGC)が支援していた、とウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)は報じている。仮にイラン政府の関与が米政府によって確認されることになれば、バイデン米政権はイラン産原油に対する強硬姿勢を強め、原油供給に制約を与える可能性がある。イランは米国との緊張緩和によって過去1年間に原油生産を日量約50万バレル増やしたが、制裁強化となれば、それは原油価格を押し上げる。

他方、WSJは7日に、サウジアラビアは米国に対し、原油価格が高騰した場合は来年初めに原油の増産に踏み切る用意があると伝えた、と報じている。これは3者合意であり、サウジアラビアがイスラエルを国家として承認するのと引き換えに、サウジアラビアが米国からの防衛上の支援を受ける防衛協定を結ぶ方向で米連邦議会の支持を得ることを狙った動きだという。

サウジ政府は1年前に、原油価格を押し下げインフレ抑制に協力するよう求めるバイデン政権からの要請を拒否したことで、両国の関係は悪化していた。

対ロ制裁の効果を低下させるリスクも

9月末にWTIで90ドル台まで上昇していた原油価格がその後下落した背景には、この3者間合意に基づくサウジアラビアの原油増産観測があったと考えられる。ところが、イスラエルとパレスチナが戦闘状態に入ったことで、改善しつつあったサウジアラビアとイスラエルの関係改善は水を差され、米国とサウジアラビアの防衛協定に基づく原油価格の上昇抑制策も見送られる可能性があるだろう。

紛争の拡大が中東地域における原油の生産、輸送に支障を与えるようになるとの懸念に加え、イランとサウジアラビアの原油供給に影響が出てくるとの観測が、原油価格を押し上げているのである。

さらに、原油価格の上昇は、先進国による対ロ制裁の効果を低下させている面もある。ロシアの8月の石油輸出収入は171億ドルと、前月比で18億ドル、+12%増えた。これは2022年10月以来の高水準であり、ロシアによるウクライナ侵攻前の2021年の平均水準である157億ドルを上回った。

また、米国がイランの原油輸出を削減する制裁強化を実施すれば、その分、ロシアが中国向けなどへの原油輸出を拡大させる可能性がある。原油価格の上昇と原油生産・輸出量増加の両面から、ロシアを利することにもなってしまうのである。

米国は、原油価格上昇による自国経済への打撃、ロシアへの制裁の有効性、中東政策の3者のバランスを考えながら、今回のイスラエルとパレスチナの問題への対応を慎重に進めていくことが求められている。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。