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連合は来年の春闘で「3%以上」のベアの目標を掲げる

日本最大の労働組合「連合」は19日に、2024年の春闘に向けた「基本構想」を公表した。定期昇給分を含む賃金の目標を、2023年の「5%程度」から2024年には「5%以上」へと引き上げた。

また、定期昇給分を含まないベースアップ相当分は「3%以上」とした。今年の実績は、賃金全体で3.6%、ベースアップは2%強と30年ぶりの水準となった。今回要求が引き上げられたことで、実績の賃金上昇率も今年の水準を上回るとの期待も高まっている。

経済状況が安定を維持し、労働需給の逼迫傾向が続く場合、来年の春闘でも賃金上昇率は近年の中ではかなり高めとなるだろう。

物価上昇率低下が来年の春闘の逆風に

しかし、今年の水準をさらに上回るかどうかは不確実だ。それは、物価上昇率が低下するためである。今年の春闘が行われていた時に参照できた最新のCPI(消費者物価)は、1月分のコア(除く生鮮食品)で前年同月比は+4.2%だった。それに対して、コアCPIは9月分で3%を割り込んだと考えられ、来年1月には2%程度にまで低下すると予想される。その場合、来年の春闘で参照される最新の消費者物価は、今年の半分の水準になる。そのもとで、賃金上昇率が今年の水準からさらに大きく加速していくことにはならないのではないか。筆者は来年の春闘のベアは2%を割り込むとみている。

2%の物価目標達成と整合的なベアは5%、定期昇給分込みで6%台半ばか

金融市場では、来年の春闘の賃上げ率が高めとなり、日本銀行が2%の物価目標達成と判断し、金融政策の本格的な修正を実施するきっかけになるとの見方が強い。そのため、来年4月にマイナス金利解除を見込む向きが多い。

しかし、具体的にどの賃上げ率の水準がそうした日本銀行の判断の分岐点になるかは明らかではない。ちなみに、黒田前総裁は、2%の物価目標達成と整合的なベアの水準は3%程度としていた。物価上昇率が低下していく中、来年の春闘でベアが今年の2%強から3%まで加速する可能性は高くないだろう。

さらに実際には、2%の物価目標達成と整合的なベアはもっと高い可能性も考えられる。物価上昇率のトレンドが2%程度であったのは90年代初めであるが、1991年の基本給の上昇率である所定内賃金上昇率は4.4%だった。

ところで、今年の春闘のベアは2%強であったが、それに対応する足元の所定内賃金上昇率は1%台半ばと0.5%程度低い水準である。春闘に含まれない中小零細企業の賃上げ率は低めであるためとみられる。この点を考慮すると、2%の物価目標達成と整合的な春闘のベアは、1991年の所定内賃金上昇率は4.4%よりもさらに0.5%程度高い5%程度となる計算だ。これは連合が掲げる目標の3%以上を大幅に上回る。定期昇給分も含めれば、実に6%台半ばの水準である。

日本銀行は春闘の結果だけで政策転換を決めるわけではない

来年の春闘でベアが今年の2%強から5%まで加速する可能性はほぼ考えられない。こうした点を踏まえると、来年の春闘の結果を受けて、日本銀行が2%の物価目標達成と判断し、金融政策の本格的な修正を実施するきっかけになるとの見方には無理があるのではないか。

さらに、賃上げ率は、日本銀行が2%の物価目標の達成を判断する上で指標の一つでしかなく、一つの指標のみで金融政策の大きな転換を判断することはない点にも留意しておきたい。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。