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減税・給付の総額は3兆円台か

総合経済対策の一環として政府・与党内で検討されている所得減税策について、岸田首相は24日に、「2年分の所得増加などの増収分を分かりやすい形で(国民に)還元する」と説明した。

今まで減税実施の根拠として政府が説明してきた「税収増の国民還元」という言葉の意味は、必ずしも明確ではなかった。「当初見積もりと実績との差を税収増として、それに見合った規模の減税を行う」との解釈が有力であったと思える。今回、ようやくその明確な説明がなされたのである。

所得税収は2020年度が19.1兆円、2021年度は21.3兆円、2022年度は22.5兆円である。2020年度から2022年度までの2年間の税収増加分は、3.4兆円である。これが、今回の所得減税及び給付金の総額の目途となるだろう。

一人当たり4万円の所得減税と非課税世帯への7万円の給付金が検討されていると報じられている。これが実施されれば、総額2兆678.5億円、それが1年間の実質GDPを押し上げる効果は+0.05%程度と試算される(コラム「 経済対策は真水で10~15兆円規模か:暫定経済効果推定でGDP1%強 」、2023年10月24日)。さらに、扶養家族への給付も追加で検討されていると報じられており、最終的な規模は3兆円台となる可能性が考えられる。

国民に還元する原資は生じない

ところで、過去の税収増加分を減税、給付金を通じて国民に還元するという説明は、果たして妥当なのだろうか。通常の経済状態であれば、実質成長率が高まり物価も上昇する中で、名目GDPは増加を続け、それに応じて税収は増加する。

その際に、税収が増加するたびに、それが異例なこと、特別なことであるとして、減税などで国民に還元するということは、どの国も行っていない。

また、物価上昇が税収増をもたらす場合、政府サービスの質を維持するためには(実質値を一定とする)、歳出額も物価上昇分だけ増加させる必要がある。その際には、税収額も増えるが歳出額も増えるため財政収支は変わらない。従って、国民に還元する原資は生じないことになる。

まして日本では、巨額の財政赤字が続き、政府債務は増え続けている。財政赤字は、国民が政府から受けるサービスに見合った税負担がなされていない状況と考えられる。そうしたもとでは、税収増加分は国民に還元されるのではなく財政赤字の縮小に使われるべきだ。

税収の上振れではなくコロナ問題で落ち込んだ税収の持ち直し

また、過去2年間の日本の所得税について考えてみよう。2020年度と2022年度までの2年間で、税収が相応に増えるのは当然なことだろう。2020年度は新型コロナ問題によって、経済が大きく落ち込んだ時期にあたるからだ。この2年間は、過去のトレンドと比べて税収が予想外に上振れたのではなく、新型コロナ問題によって一時的に落ち込んだ税収が正常化しただけである。

他方、新型コロナ問題に対して、政府は給付金などの巨額の経済対策を実施し、それを国債発行で賄った。国債発行による経済対策は、将来の国民の所得を前借りするものであり、その後に経済が正常化し、税収が持ち直した際に、それを通じて前借分を返済するというのが自然だ。これが、何らかの経済的ショックに対して、政府が国債発行つまり財政赤字拡大による経済対策を実施する際、それを正当化する基本的な考え方だろう。

このような点を踏まえると、「税収増の国民還元」の妥当性について十分な説明がなされていないことは明らかではないか。大型減税に引き続き大義は感じられない。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。