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レイオフの増加

米労働省が4日に発表した10月分雇用統計は、総じて予想を下回る内容となった。10月の非農業部門雇用者増加数は前月比15万人増と、事前予想の18万人増を下回った。前月9月分の雇用者増加数は速報段階で33.6万人増と予想外の急増となったが、それは29.7万人増加へと下方修正され、8月分も22.7万人から16.5万人へとそれぞれ下方修正された。

業種別ではヘルスケアと社会扶助、政府部門で雇用は増加したが、その他の業種では増加幅は小さい、あるいは減少となった。全米自動車労組(UAW)のストライキの影響から、製造業の雇用は3万5,000人減少した。

家計調査に基づく10月の失業率は3.9%と前月及び事前予想の3.8%を上回り、ほぼ2年ぶりの高水準となった。失業率の前月比上昇幅はわずかであるが、実態は見かけ以上に悪いと言える。

コロナショックを受けて一時大幅に低下した労働参加率((雇用者+失業者)/生産年齢人口)は、その後回復傾向を辿ってきたが、10月は62.7と9月の62.8から低下した。そうした中で失業率が上昇したのは、労働市場に新規に参入し、職探しを始めた人が失業者に計上されて失業率を押し上げたというよりも、既存の雇用者で失業した数が増えていることを示唆している可能性も考えられる。

職を失った、または臨時雇用を終えた人が20万人余り増加しており、新規求人はなお強い中でも、レイオフが増加していることがうかがえる。

他方、時間当たり賃金は前月比0.2%上昇した。前年同月比では4.1%上昇と、2021年半ば以降で最も小幅な伸びとなった。労働市場の逼迫に起因するインフレリスクは、着実に後退している。

7~9月期の実質GDP成長率は、前期比年率+4.9%の高水準となったが、10-12月期の成長率はこれを大きく下回る可能性を、10月分雇用統計は示唆している。

利上げ終了観測が一段と強まる

10月分雇用統計は、金融市場に予想以上に大きな影響を与えている。10月分雇用統計を受けて、米連邦準備制度理事会(FRB)は、12月の次回米連邦公開市場委員会(FOMC)で追加利上げを見送り、昨年3月以来の利上げ局面が終わったとの見方を金融市場は強めている。また、来年7月と想定されていた利下げの開始時期についても、6月へとわずかに前倒しとなった。

米国の10年国債利回りは、雇用統計を受けて4.6%台から4.5%台まで低下し、一時の5%から、4%台半ばまで押し戻された。これを受けて、ドル円も軟化し、1ドル150円20銭台から、一時149円10銭台へと1円程度も円の買戻しが生じた。日本政府は為替介入を実施することなく、ドル円レートは再び第1防衛ラインと考えられる1ドル150円を下回り、140円台を回復している。

雇用統計の下振れについて金融市場では、FRBの追加利上げの可能性が後退したことで、米国経済が来年ソフトランディングに向かうとの楽観的な期待が浮上している。

他方で、雇用統計の下振れは、米国経済が本格的な減速局面に向かいつつある兆候との解釈もできる。インフレリスクの後退を示す指標については、経済の下方リスクを減少させるものと素直に評価できるが、雇用統計など経済指標の下振れは、先行きの経済のソフトランディング、ハードランディング、どちらの兆候とも解釈できる。

その判断が定まるにはなお時間がかかるが、経済の下振れを示す指標が今後も続くようであれば、金融市場は、米国経済のハードランディング懸念を再び強めることになるだろう。

今後、夏場以降の長期利回り上昇の景気抑制効果も発揮されてくることを踏まえると、今回の雇用統計は、後から振り返ってみれば「景気回復の終わりの始まり」を示唆したもの、となる可能性がある点にも留意しておきたい。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。