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エネルギー危機が化石燃料時代を終焉させる

日本では、脱炭素政策に逆行する面があるガソリン補助金制度が、昨年年初から続けられており、さらに来年春まで延長される見込みとなっている。その影響もあり、新型コロナ問題、ウクライナ問題をきっかけとするエネルギー価格高騰のもとでも、脱炭素に向けた機運は必ずしも高まっていない印象がある。しかし、世界の潮流はそうではないようだ。

国際エネルギー機関(IEA)は10月24日に、「世界エネルギー見通し2023」を公表した。そこでは、ウクライナ問題をきっかけとするエネルギー価格の高騰やエネルギー安全保障の高まりが、化石燃料から再生可能エネルギーへの代替を強く後押ししているとの分析が示された。化石燃料の需要は2030年までにピークを超えるとの予測である。

IEAは、世界的なエネルギー危機が、化石燃料時代の終焉を準備することになったとしている。世界のエネルギー供給に占める化石燃料の比率は、過去数10年の間80%程度で横ばいであったが、既に低下しており、2030年までには73%まで低下するとIEAは予想している。

クリーンエネルギー投資が急増し、またEVが急速に普及

他方で、再生可能エネルギーなどクリーンエネルギーへの投資は2020年から40%増加した。二酸化炭素排出量の削減に向けた取り組みがそれを後押ししているが、それだけでなく、ウクライナ戦争後に急速に高まったエネルギー安全保障の高まりも重要な役割を果たしている。

2020年は世界で販売される自動車25台のうち1台がEVであったが、2023年には5台に1台にまで増えた。また、1日10億ドル以上の資金が、太陽光発電関連に投資されている。

IEAは、2022年に成立した米国のインフレ抑制法(IRA)がEVの普及を大きく後押しすると分析している。米国で2030年に販売される新車のうち、EVが占める割合は50%になると見込んだ。2021年時点の見通しでは12%だった。

中国経済の減速も世界の脱炭素を後押し

さらにIEAは、脱炭素に向けた中国の動きに注目している。過去10年、中国の原油需要の増加は世界のほぼ3分の2、天然ガスについては3分の1、石炭については大半を占めていた。

しかし、中国の高成長は終わりつつある。高速鉄道の敷設など交通インフラの整備が進み、また、一人当たりの居住面積は日本に並んだ。エネルギー消費量が多いインフラ整備が一巡し、成長率が鈍化する中、エネルギー需要も鈍化してきている。

一方で中国は、脱炭素を急速に進めている。2022年に風力発電、太陽光発電の導入量は世界のおよそ半分を占め、EVの販売では世界の半分を超えている。

IEAは中国の平均成長率は2030年までに4%を下回ると予想する。これに、再生可能エネルギーの利用が拡大することが重なることで、化石燃料への需要は低下し、エネルギー全体への需要も2020年代半ばにピークをつけると予想している。

中国の成長率が現在よりも1%低下すると、2030年までの石炭需要は、欧州での需要に匹敵する量だけ減少する。さらに、中国の原油輸入は5%、LNGの輸入は20%以上減少し、世界のエネルギーバランスに大きな影響を与える。脱炭素を巡って、先進各国と軋轢を起こしてきた中国が、今後は世界の脱炭素をけん引するのである。

IEAは、2022年に高騰した天然ガスは、各地で新規ガス田開発が本格化することで2025年以降に供給過剰となり、価格が低下すると予測する。他方で原油については、需要と供給の両方が減ることから、2030年時点でも1バレル=85ドルと、現状の高い水準に留まる可能性があるとした。

(参考資料)
" World Energy Outlook 2023 ", IEA, October 24, 2023
「化石燃料の需要「30年までにピーク超え」、IEAが見通し…米EV普及が後押し」、2023年10月24日、読売新聞速報ニュース

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。