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ロシアは資源輸出大国であるとともに、武器輸出大国でもある。世界銀行によると、2022年の武器輸出額は米国が145.2億ドル、フランスが30.2億ドル、ロシアが28.2億ドルだった。ウクライナ戦争前には、ロシアは世界第2位だったと見られる。

しかし、ウクライナ戦争が長期化する中、ロシアは武器を海外に輸出する余裕がなくなってきている。そればかりか、武器輸出の契約を履行しなかったり、一度売却した武器、部品の返還を求める事態に至っている。ロシアの武器不足は深刻である。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、ロシアは防衛装備品を輸出したエジプトやパキスタン、ベラルーシ、ブラジルなどから、部品の回収を急いでいるという。

ロシア政府の代表団は今年4月にエジプトの首都カイロを訪問し、シシ大統領と会談した。その際にロシア側は、ロシア製軍用ヘリコプター「Mi8」と「Mi17」のエンジンの回収を求めたという。シシ大統領はそれに同意し、12月にも約150基のエンジンの引き渡しが開始される公算が大きいとみられる。エジプトは、航空機やミサイルなど兵器の輸入をロシアに依存している。

その見返りとして、ロシア側はエジプトの支払いの遅れを免除するほか、穀物を支援するとしている。

またロシアは、インドとアルメニア向けに輸出するはずだった武器をロシア軍の前線に振り向けている。アルメニアはロシアから出荷されるはずだった多連装ロケット発射システムの弾薬をほとんど受け取っていない。その結果、9月に隣国アゼルバイジャンが係争地ナゴルノカラバフをアルメニア軍から奪取した際、アルメニア軍は武器不足に陥ってしまった。ロシアはインドへの輸出も一部中止している。

ロシアは、パキスタンに以前売却した攻撃ヘリコプターのエンジンを少なくとも4基要求している。ただし同国の外務省は、ロシアからの打診を否定している。

またロシアはブラジルに対して、ブラジルが昨年退役させた同ヘリコプターのエンジン12基の買い戻しを申し入れた。ブラジル外務省は、ウクライナ戦争での中立的な地位を維持する観点から、これを拒否したとしている。

他方で、ロシアの最も忠実な同盟国の一つであるベラルーシは、大型輸送ヘリコプターエンジン6基をロシアに売り戻したという。ロシア側の要請に対する各国の対応もまたバラバラである。

ロシアによる武器輸出契約の不履行は、友好国との関係に悪影響を与えているだろう。さらに、武器輸出の減少は、ロシアの成長率にも逆風である。

いずれにせよ、体面を気にしないロシアの武器輸出契約の不履行や返還要請は、ウクライナ戦争におけるロシアの深刻な武器不足、ロシア経済の悪化、ロシア財政の悪化を象徴している。

(参考資料)
"Russia Turns to Longtime Arms Customers to Boost War Arsenal(ロシア、武器輸出先から部品回収急ぐ 備蓄補充へ)", Wall Street Journal, November 9, 2023

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。