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国債の含み損拡大は通貨の信認に悪影響も

日本銀行は11月28日に、2023年度上期の財務諸表などを公表した。上期の経常利益は3兆4,389億円と2022年度下期から893億円増加した。円安によって外国為替関係収益は2,689億円の赤字となったが、国債の利息が2,068億円の黒字となり、また、ETFの分配金など運用損益が1,219億円増加したことなどから、経常利益は増加した。

ところで、半期財務諸表等や年度決算では、日本銀行が保有する有価証券の時価評価額が公表されるため、しばしば注目を集めることになる。7月にはイールドカーブ・コントロール(YCC)の運営柔軟化が実施され、長期金利が上昇したことから、日本銀行が保有する国債の含み損は2023年3月末時点の1,571億円から9月末には10兆5,000億円へと大幅に拡大した。自己資本の12.7兆円の約83%にも達する規模であり、通常の民間銀行であれば財務リスクの観点から深刻な事態である。

日本銀行が保有する国債は満期保有を前提に償却原価法で会計処理がなされており、時価評価はされていない。日本銀行が評価損を抱えた国債を満期まで保有すれば、損失は生じないことは確かである。

しかしながら、巨額の含み損の発生は、日本銀行の金融政策、財務の信頼性、通貨の信頼性を損ねるリスクを抱えているとみるべきだろう。

満期前に国債の売却を迫られる可能性

今後、仮にインフレリスクがより深刻となり、利上げだけでなく、バランスシートの縮小、つまり量的引き締めが必要になる場合には、日本銀行は満期前に含み損を抱えた国債を売却せざるを得なくなる可能性もある。その際には、長期金利の上昇もさらに進むことから、実現損の規模も大きくなり、自己資本が大きく毀損される。

また、自己資本の毀損の程度次第では、日本銀行が政府から公的資金の投入を受け入れざるを得なくなる可能性あるだろう。その場合、国民の負担となる可能性もあることから、日本銀行の失策が国会や国民の間で批判の対象となり、独立性を制約する形での日本銀行法改正の議論に発展することも考えられる。

そのような先々のリスクを踏まえると、現時点での国債の含み損を、国民や金融市場は問題ないとは考えないのではないか。その結果、通貨の信認の低下が物価高や悪い円安、金融市場の不安定化のリスクは無視できない。

問われるべきは今後の政策修正ではなく過去の政策

さらに、巨額の含み損が生じた理由の一つは、国債買い入れを膨らませてきたことにある。日本銀行のバランスシートで、資産側の国債保有残高の拡大は、負債側の日銀当座預金の拡大と対応している。今後、日本銀行がマイナス金利政策を解除し、政策金利を引き上げていく過程では、銀行に対する当座預金の利払い費が膨らみ、それが国債保有から得られる利子所得を上回ることで、日本銀行の収益を圧迫することになる。

つまり、大量の国債買い入れは、含み損の拡大と利ザヤの悪化の2つの経路を通じて、政策修正、正常化の過程で、今まで覆い隠されていた日本銀行の財務のリスクを一気に表面化させることになるのである。

現在の物価高状況などを踏まえると、YCCの柔軟化やマイナス金利解除などの政策修正は妥当なものであると考えられるが、そうした政策修正、正常化の過程では日本銀行は財務悪化のリスクを避けることができない。今までの異例の金融緩和策の妥当性が、今後、強く問われることになるだろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。