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インフレ率の押し上げ幅1%は大きいか小さいか

日本銀行は、過去25年間にわたる非伝統的金融政策の効果、副作用を分析し議論する、「多角的レビュー」を行っている。12月4日には「金融政策の多角的レビュー」に関するワークショップ第1回「非伝統的金融政策の効果と副作用」を開催し、6日に資料を公表した。

ここでは、4つのセッションの後にパネルディスカッションが行われたが、4つのセッションはすべて日本銀行による分析の発表であり、内容、結論共に日本銀行によって綿密に吟味され、先行きの金融政策を直接縛ることがないように十分に配慮された印象がある。他方で、将来の政策修正を正当化する際に利用することも念頭に置いた分析と結論との印象もある。

4つのセッションでは、非伝統的金融政策の効果が示される一方、副作用についての分析もされた。副作用は、市場機能への影響、金融機関への影響、日本銀行の財務への影響の3つである。異例の金融緩和策がもたらす副作用、弊害のまさに代表的な3つがここでは選ばれている。

非伝統的金融政策の効果については、公表された資料では「インフレ率の押し上げ幅は1%にとどまっており」と微妙な表現がなされている。資料の中では、2023年に導入された量的・質的金融緩和以降、CPI前年比上昇率は平均で0.7%程度押し上げられたとの試算が示されている。仮にこれが正しいとすれば、金融緩和は物価押し上げ効果を相応に発揮したと評価できるように思うが、資料では、その効果は十分ではないとのニュアンスの結論となっている。

異例の緩和策は、「デフレではない状況を作り出すことに寄与した」一方、2%の物価目標を達成するには力不足だったという意味がここには含まれているのではないか。

この分析結果に基づくと、「積極的な金融緩和の成果によって、2%の物価目標達成が実現した」と、日本銀行がこの先高らかに宣言する可能性は高くないように感じられる。

副作用についての分析は、将来の政策修正の布石か

市場機能に与えた影響については、量的・質的金融緩和の導入で市場流動性が悪化したことを素直に認めている。他方、足もとでは、イールドカーブ・コントロール(YCC)の運用柔軟化によって、国債の市場機能が改善していることも示している。

異例の緩和が市場機能を低下させるという副作用を生じさせたことを認める一方、YCCの柔軟化措置がその副作用を軽減したことも合わせて強調しており、この分析結果には、将来、副作用軽減を目的にした柔軟化措置、政策修正を進めることを正当化する意図があるようにも感じられる。

金融機関への影響については、金融機関の基礎的な収益力が低下してきていること、収益減少と資本流出を背景に、自己資本比率が低水準である機関の割合が高まっていることを指摘している。こうした分析には、金融機関の収益力、金融システムの安定という観点から、将来、マイナス金利政策を解除することを正当化する布石の意図があるようにも感じられる。

日本銀行の財務への影響については、国債の含み損の拡大、利上げ時の利鞘の悪化と資本毀損が、日本銀行の政策運営能力に支障を生じさせることはない、としている。これは、日本銀行の財務の問題が金融政策の正常化を妨げることはない、というメッセージを含んでいるだろう。

他方で、日本銀行の財務の悪化が、信認の低下につながるリスクがあることから、財務の健全性を確保することは重要、とも結論付けている。この結論には、将来、保有する長期国債の残高削減などを通じた日本銀行の財務リスクの軽減を、正当化する狙いもあるように感じられる。

今回の「金融政策の多角的レビュー」に関するワークショップ第1回は、客観的な分析に基づき、政策の効果と副作用については両論併記的なバランスの取れた結論を導きだしているように見える。

他方で、将来、2%の物価目標達成の結果ではなく、副作用の軽減を主目的に政策修正を進めていくことを正当化する布石も多く感じとることができるのではないか。

(参考)
「金融政策の多角的レビュー」に関するワークショップ第1回「非伝統的金融政策の効果と副作用」 、2023年12月6日、日本銀行

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。