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2024年米国大統領選挙とイスラエル支援

イスラエルとハマス組織の紛争を巡って、揺るぎないイスラエル支持の方針が、2024年の大統領選挙での再選を目指すバイデン政権にとって障害の一つとなってきた。民主党支持者の間でも、ガザ地区での戦闘が続く中、イスラエルに対する批判が強まっている。従来、民主党支持者への調査では、イスラエル支持がパレスチナ支持を明確に上回っていたが、紛争後には、逆転する調査結果も出始めている。

ギャラップ社が11月1~21日に実施した世論調査によると、民主党員の63%がガザ地区でのイスラエルの軍事行動を支持しないと回答した。また、民主党員で35歳未満の67%、有色人種の64%が不支持を表明している。

これとは対照的に、共和党支持者の間では、圧倒的なイスラエル支持は揺らいでいない。そのため、現在進められている共和党大統領候補者選びでは、候補者はみなイスラエル支持を強調している。

福音派の影響で共和党支持者の親イスラエル姿勢は揺らがない

共和党支持者の間でイスラエル支持が揺らいでいないのは、共和党が支持基盤とする保守的なキリスト教福音派の存在が大きいとみられる。福音派は、国民のおよそ4分の1を占めるとも言われ、聖書信仰を重んじてイスラエルを擁護する傾向がある。

2016年の大統領選挙では、福音派の8割がトランプ氏に投票したと言われる。そして大統領となったトランプ氏は、イスラエルが首都と主張するものの国際社会の大半が認めていないエルサレムにアメリカ大使館を移転したり、パレスチナへの援助を打ち切ったりした。

さらに来年1月に共和党の大統領候補指名レースの初戦となる党員集会が開かれるアイオワ州は、福音派の影響力が強い。この初戦で躓けば早期撤退に追い込まれる可能性もあることから、各候補者は福音派に向けたアピールを意識し、イスラエルへの強い支持を打ち出しているのである。

ところがひとりトランプ氏は、イスラエルへの強い支援を打ち出していない。紛争開始直後には、イスラエルの情報機関を非難するなど、ネタニヤフ政権とは一定の距離を置いている。

これは、共和党の大統領候補者レースで独走状態にあるトランプ氏は、共和党支持者によって共和党の大統領候補に選ばれることではなく、その先の大統領本選での勝利を視野に入れているからだろう。

本選となれば、共和党支持者以外からも支持を集める必要がある。全米では、若者を中心にイスラエルへの批判が高まり、停戦を求める世論も強まっている。そうした国民の支持も得るためには、イスラエルと一定の距離を置くこともトランプ氏の戦略であるだろう。

ハリス副大統領が橋渡しの役割を果たせるか

イスラエルのガザでの攻撃については、イスラエルを支持する米国に対する国際世論の批判は高まっている。しかしバイデン政権は、こうした国際世論よりも、2024年の大統領選挙を視野に入れて、親イスラエル的な国内世論を重視してきたとの印象が強い。

しかし民主党支持者の中でもイスラエルに対する批判が高まる中、バイデン政権はそうした国内世論の変化にも柔軟な対応を迫られるようになっている。民主党内で強まる親イスラエルの強硬派とバイデン政権の親イスラエル政策に批判的なグループの間の対立の橋渡しの役割が期待され始めているのは、今まで存在感が薄かったハリス副大統領だという。

ハリス副大統領は、ホワイトハウスがパレスチナ人へのより強い共感を明確に表明し、紛争後のガザをどうするかに関する計画に焦点を合わせるよう求めている。また同氏は「イスラエルは罪のない民間人を守るために、より多くのことをしなければならない」とも述べている。

ハリス副大統領は、ユダヤ人社会とイスラム社会の両方とつながりがあると言える。夫はユダヤ人の弁護士だ。一方でハリス副大統領には、南アジアのコミュニティ内にイスラム教徒の支持者もいる。彼らは移民の娘としての同氏の生い立ちに共感を持っているとされる。

大統領選挙に向けてイスラエル政策の軌道修正はあるか

ハリス副大統領は、「あまりにも多くの罪のないパレスチナ人が殺されている」として、イスラエルの軍事攻撃を強く批判している。これは、バイデン大統領のイスラエル寄りで、また完全停戦への支持に消極的な姿勢に対する批判的なコメントとも理解でき、政権内で意見の相違が生じているとの見方もある。

他方で、イスラエルに対する批判的なハリス副大統領のコメントは、過半が親イスラエルであった民主党支持者以外も含めた米国内の世論の変化や現状を政権が把握し、今後の政策修正に生かすための「観測気球」との見方もある。

ウォールストリートジャーナル紙が9日に発表した最新世論調査(11月29日~12月4日)の結果によると、大統領選挙でトランプ氏とバイデン氏が闘う場合、トランプ氏に投票するとの回答が47%とバイデン氏の43%を上回った。イスラエル問題に足元を掬われて、バイデン大統領がトランプ前大統領の再選を許す可能性もあり得る状況だ。

イスラエル問題を巡って、民主党内での対立を緩和するとともに、大統領選の本選に向けてバイデン大統領の再選に道を開くために、対イスラエル政策を必要に応じて軌道修正していけるかどうか、ハリス副大統領の手腕が問われているのではないか。そして、バイデン政権が対イスラエル政策の軌道修正をして、停戦に傾くことがない限り、イスラエルによるガザ地区への攻撃姿勢が修正されることはないだろう。

(参考資料)
"Kamala Harris Works to Bridge Democratic Divide Over Israel-Hamas War(ガザ巡る米民主党の分断、ハリス氏が架け橋に)", Wall Street Journal, December 7, 2023
「対イスラエル 共和に温度差 米大統領選候補 トランプ氏 支援触れず」、2023年11月10日、東京読売新聞
「なぜアメリカとイスラエルは"特別な関係"か」、2023年10月30日、NHK 解説委員室

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。